酒が飲める飲めるぞ


祐季が来てからふた月が経過した。
団子屋の看板娘や遊郭の芸者に比べれば、彼女が笑顔を見せる頻度は低い。
それでも最初に比べれば笑うようになったな、と第七師団の面々は感じている。

「だが、どうも心を開いているようには思えん……。」

外はすっかり日が暮れている。
皆はもう、あとは夕食と風呂を済ませて明日に備えて寝ようと考え始めている時間帯だ。
鶴見は茶を啜りながら月島と共に、祐季について話し合っていた。

「月島には随分と懐いているように見えるが。」
「はい。…確かに彼女は私と笑顔で、時に冗談も交えつつ話してくれます。
しかしいつも、私と彼女との間にはどこか壁のようなものがあるような……そんな気がします。」
「私も何度か祐季くんとは会話をしてきて気づいたことがある。
彼女は自分と他人との間に境界線……もしくは警戒線のようなものを作っている、と私は考えている。」
「警戒線……ですか。」

言葉の意味するところを知ろうとする月島に、鶴見は頷いた。

「つまり、彼女は他人の個人的な部分……どこの生まれでどんな親の元で育ったのかなどといった生い立ちなど、そういう立ち入った部分には自分から踏み込むことをしない。
そして、彼女も自身の個人的な部分に、他人が踏み込む余地を与えない。
必要以上に干渉しないし干渉させない。
月島が壁を感じるのは、そういうところなのだろうな。」
「成る程……。」

鶴見の分析のもと思い返してみると、確かに月島は、彼女から「どこのご出身なんですか」「お父さんとお母さんのどっちに似てるんですか」などという質問をされたことがない。
個人的な情報を自分から集めるようなことは全くなかったのだ。
そういうことを聞くのはいつも、月島や鯉登などの第七師団側である。

「他人に関心がないのか、それとも彼女にそうならざるを得ない経験があるのか……。
もう少し気を許してもらえばもっと色々な情報を得やすくなるかもしれん。
…そういえば来週金曜の夜は、酒宴が開かれる予定だったな?」
「はい。」
「祐季くんも参加させよう。」







10杯目を飲み干した祐季を、黙って見つめる鶴見と月島。

「……どうやらいける口のようだな、月島軍曹。」
「そのようですね……。」

酔いが回っているのか普段よりも機嫌が良さそうな鯉登が祐季の隣を陣取り、大きな声で薩摩弁で話しかけている隙に、鶴見と月島は小声で話し合う。

「もう結構飲ませているのだが、顔色が全く変わらんな。」
「はい。」

今日は夕方から夜の10時にかけて、第七師団の面々で酒宴を開いており、宴会場として使っている大広間はあっちもこっちもどんちゃん騒ぎだ。
鶴見中尉は勿論のこと、彼に近い位置にいる鯉登少尉や月島軍曹などは、二等卒や一等卒たちとは離れた場所に座っている。
そして今回は、鶴見に呼ばれた祐季もいた。

日本酒の類は喉が焼ける感じがして苦手だと祐季が言うので、今回はフレップと呼ばれる甘いお酒も用意した。
酒に酔えば、普段は内に秘めている本音が聞けるだろうと考えた鶴見であったが、彼女はまさかのザルであった。
珍しく、大誤算である。

「*****!! ***ッ! *****************?」
「え、ああ、はい。どうぞ。」
「*********!」

何を話しているのかさっぱりだが、祐季がどうぞと言った途端、鯉登が嬉しそうにその膝に頭を乗せて寝転んだため、月島はギョッとする。

「鯉登少尉殿! 横になるなら座布団を使って下さい!」
「祐季の許可は得ているのだから、何も問題はなかろう。」
「たくさん食べたり飲んだりしてお腹が膨らんで、少し横になりたいから膝を貸して欲しいそうです。」
「祐季さん……。未婚の婦女子なのだから、そうやって簡単に膝を貸すもんじゃない。」

苦言を呈する月島に、祐季が「何か減るわけでもないんで大丈夫ですよ」と伝えると、鯉登は「ほらな」とでも言いたげな顔で月島を見る。
起き上がる気はなさそうだ。
膝枕を堪能している鯉登に構わず机の上に並べられたおかずに箸を伸ばして皿に盛り、もりもりと食べる祐季の様子を見るに、本当に全く気にしていないようだ。

「寝づれ……祐季、あんまり動っな。」
「座布団使えばいいじゃないですか。」
「嫌じゃ! やわらかさが全然ちごっ!」
「なら少し動くくらい我慢して下さい。」
「キエッ……。」

2人のやり取りを見て、鶴見も月島も感心してしまった。
鯉登の話す薩摩弁を理解しているのもさることながら、あのわがままな鯉登の手綱を上手く握っているように見える。

「…祐季くんが鯉登少尉の母親に思えるのは私だけか?」
「……私にもそう見えます。」









夜の10時になり、酒宴はお開きとなった。
べろんべろんに酔っ払って立てなくなった者や眠ってしまった者を、意識がはっきりしている同室の者たちが抱えたり背負ったりして各々会場を退室する。
残りの者たちは、ごみを集めたり机や座布団を片付けたりと、テキパキ動いている。

「嫌じゃ!! おいは祐季と寝っとじゃ!!」

……そんな中で1人駄々をこねているのが、鯉登少尉であった。
座っている祐季の太ももに頬をこすりつけ、腰に両腕を回してがっちり固定し離れないのだ。

「鯉登少尉は何と?」
「私と一緒に寝るんだーと言い張ってます。」

薩摩弁を訳してもらい、それを聞いた月島はため息をついた。
月島が引き離そうとしても、鯉登がそうさせまいと腰に回した腕の力を強めて抵抗するため、全く動かない。

「よし。それなら今夜は祐季くんと一緒に寝なさい。」
「鶴見中尉殿!?」

鶴見からのまさかの言葉に、月島軍曹は動揺する。
一方鯉登は、嬉しそうに破顔すると、立ち上がってから薩摩弁で何か述べて勢い良く一礼し、そのまま祐季を抱き上げて大広間を後にした。

「未婚の男女なのですが……。」
「既成事実を作っておけば、今後の展開に良い影響が出るだろう?」

笑みを浮かべてそう言う上官を見て、月島軍曹はただ、「はい」と返すほかなかった。











あとがきという名のガヤ


果たしてどうなる鯉登くん!
……それはさておき、カルアミルクって何であんなに美味しいんですかね……。
何杯でも飲めちゃう。