あの子の攻略法。@
※トリップ
「決めたぞ月島。私はあの娘にとって親しい存在になってやる」
「…そうですか」
休憩時間、向かいの席で突然の決意表明をした年下の上官に対し月島軍曹が返した反応は、いつも通りの淡白なものだった。
鯉登少尉が言う《あの娘》とは、先月初めに第七師団の敷地内を見回っていた兵士が発見した娘・ユキのことだ。
娘と言ってもその年齢は26歳であるのだが、いかんせん童顔なので、年齢を知った時はかなり面食らったものだった。(鶴見中尉は微笑みを浮かべた状態で数秒固まり、宇佐美上等兵は短く「エッ」と発してユキの顔をまじまじと至近距離から観察し、鯉登少尉は「キエッ!!??」と奇声を発しながら目をかっ開いた。)
初めは全くと言っていいほど笑顔を見せなかった彼女だが、一週間が過ぎた頃には緊張が和らいだのか、時折笑うようになった。
月島軍曹に注意された鯉登少尉がムキになれば、微笑ましいものを見るかのように穏やかな顔を見せるし、鶴見中尉とのお茶の時間はすっかり盛り上がって、時間になるといつも鶴見が名残惜しそうにする。
「……しかしユキの堅苦しさは全く変わっておらん! 聞けば出身は私の故郷と近い宮崎だと言う。それなのに私と彼女は、一度も方言で語らったことはない。いつでも彼女は敬語口調で話すし、私がいくら薩摩弁で語りかけても敬語で返すのだ」
「はあ」
「私は嫌われているのだろうか……」
がっくり肩を落として落ち込むが、月島が見た限りでは、ユキが特別鯉登を嫌っている様子は見られない。
しかし、《堅苦しい》雰囲気は、月島も感じ取っていた。
何か困ったことがあれば言えと、鶴見中尉は最初に彼女に伝えたのだが、彼女からきた相談といえば、
・替えの服を数着欲しい
・三日に一度でも良いので風呂に入りたい
…の2点だけであり、話を聞いた感じだと何もかもが揃っているとしか思えない、恵まれた《未来の日本》から来たそうだから、てっきりあれやこれやとかなり無茶な要求をされるものと思っていた鶴見や月島は、少々拍子抜けであった。
彼女よりも鯉登少尉や宇佐美上等兵の方が余程我儘だとわかったので、もっと色々頼んでもいい、と鶴見が駄目元で伝えたところ、
「絵を描くのが好きなので、何か筆記用具と紙が欲しいです」
と返ってきたため、まるで孫に甘い爺のように、鶴見は嬉々として万年筆と鉛筆と筆と炭、それから紙の束を用意したのだった。
「…少尉殿は一昨日、ユキから手作りのメンコを頂いたのですから、嫌われてはいないと思いますよ」
「おお!! そうであった! …見ろ月島ァ! 私の顔が描かれたメンコと、貴様の顔が描かれたメンコ、それから鶴見中尉殿のお顔が描かれたメンコだ!!」
月島のフォローで鯉登は元気になり、胸ポケットからメンコ数枚を取り出して見せつけると、干からびた錦鯉が生気を取り戻してビチビチ跳ねまくるかの如く、部屋を転がる。
壁にぶつかったところでようやく止まり、メンコをうっとりとした表情で眺める鯉登。
「少々堅苦しいところがあるとは言え、彼女は今では私たちの支えとなりつつあります。特にユキが炊事担当となってから、食事を楽しみとする兵が増えました」
「それはそうだな。外ではなく食堂で食べる者が、近頃増えたように思う。私はユキの作る焼き魚が好きだ! 生臭さがなく、しっかり火が通されているから皮まで食える! …月島の好物はなんだ?」
「私、ですか。…………鹿肉丼、でしょうか。歯応えのある鹿肉と、特製のタレが染み込んだ白米が美味いので」
ある日、ユキが作った煮物が中々美味しくて、食べた鶴見と有坂が甚〈いた〉く気に入り、あれ以来彼女に炊事を任せているのだが、これが功を奏した。
兵たちは、彼女が作る食事を楽しみに任務や訓練に励んでいる。
「お帰りなさい」と笑顔で出迎えてもらえる……わけではないにせよ、顔馴染みになると時々、食事にお菓子や小鉢がおまけとして追加されることがあるため、一部の兵は彼女の顔馴染みになろうと必死だ。
鯉登少尉もまた、彼女に魅了された男の一人なのだろう。
近頃彼は、
「宇佐美上等兵が、最近やたらとユキと話している!」
と嫉妬心を剥き出しにしたり、
「菊田特務曹長から土産を受け取り、嬉しそうにしていたが…………まさか年上が好みなのか……?」
と一人で項垂れていたりで、ユキに気があることは明白である。
親しくなる宣言をした鯉登と、それを聞かされた月島の部屋の扉から、コンコンと小さなノックの音がした。
「ユキです。月島さんはいらっしゃいますか?」
「キエッ!?!?」
「ああ、はい。中へどうぞ」
「失礼します」
会話ののち部屋に入ったユキを見て、鯉登は開いた口が塞がらない。
「月島さんの肩揉みに伺いました」
「よろしく頼む」
「月島ぁ!? 肩揉みとは一体どういう……なぜユキが月島の肩を……まさか二人はそういう仲なのか……?」
「違います。先日、月島さんが肩がこっていて首が痛いと話していたので、私が肩揉みを申し出たんです」
青ざめた顔で落ち込む鯉登をよそに、ユキは月島の肩揉みをスタートする。
無表情で肩を揉むユキと、無表情で肩を揉まれる月島軍曹の図は、少し……いや、かなりシュールだ。
「っ……ユキ」
「はい? あ、強いですか?」
「ああ……。もう少し力を弱めてくれ」
「すみません、あまりにも肩がゴリゴリなので……」
その様子を見た鯉登は、フン、と鼻で笑う。
おなごの出すような力で何を痛がっているのだ、と。
加減がいいのか穏やかな表情をしている月島に寄ると、鯉登も上衣を脱ぎ、ユキに背を向けて座る。
「ユキ、私の肩も揉んでくれ。加減などいらん。全力で揉め」
「今は月島さんの肩揉み中ですけど……」
ユキは月島に視線をやり、「俺はもういい」と許可が出たところで、鯉登の肩に手を置き、そして揉んだ。
「キエエエエエッ!!!!」
2回程揉んだところで、鯉登は猿叫と共に床をのたうち回る。
「鯉登さんの肩は大してこりがなくやわらかいので、全力だと痛いですよね」
のんびりした口調で、無表情(どことなく楽しそうに見えるのは気のせいか)で言うユキを、鯉登は信じられないといった顔で見る。
「おなごの力ではなかったぞ……! 肩が砕け散るかと思った!!」
「それほどでも」
「褒めているわけではない!!」
少し嬉しそうにするので、鯉登は大声で否定した。
「そこまで強くないですよ。これで鯉登さんの肩が砕け散るなら、月島さんの肩はヒビが入ってます」
「キエッ……」
怯える鯉登を横目に、月島は「まさか本当にヒビが……」と一瞬不安になったが、加減された肩揉みは気持ちが良かったし、今、自分の肩は軽く感じる。首の痛みも消えた。
「お陰でだいぶ良くなった。助かった」
「良かったです。またこったらいつでも言って下さい」
「ああ」
ユキが部屋を出てから、鯉登は月島を睨みつけた。
「貴様が親しくなってどうする!?」
(面倒くさい)
-9-「決めたぞ月島。私はあの娘にとって親しい存在になってやる」
「…そうですか」
休憩時間、向かいの席で突然の決意表明をした年下の上官に対し月島軍曹が返した反応は、いつも通りの淡白なものだった。
鯉登少尉が言う《あの娘》とは、先月初めに第七師団の敷地内を見回っていた兵士が発見した娘・ユキのことだ。
娘と言ってもその年齢は26歳であるのだが、いかんせん童顔なので、年齢を知った時はかなり面食らったものだった。(鶴見中尉は微笑みを浮かべた状態で数秒固まり、宇佐美上等兵は短く「エッ」と発してユキの顔をまじまじと至近距離から観察し、鯉登少尉は「キエッ!!??」と奇声を発しながら目をかっ開いた。)
初めは全くと言っていいほど笑顔を見せなかった彼女だが、一週間が過ぎた頃には緊張が和らいだのか、時折笑うようになった。
月島軍曹に注意された鯉登少尉がムキになれば、微笑ましいものを見るかのように穏やかな顔を見せるし、鶴見中尉とのお茶の時間はすっかり盛り上がって、時間になるといつも鶴見が名残惜しそうにする。
「……しかしユキの堅苦しさは全く変わっておらん! 聞けば出身は私の故郷と近い宮崎だと言う。それなのに私と彼女は、一度も方言で語らったことはない。いつでも彼女は敬語口調で話すし、私がいくら薩摩弁で語りかけても敬語で返すのだ」
「はあ」
「私は嫌われているのだろうか……」
がっくり肩を落として落ち込むが、月島が見た限りでは、ユキが特別鯉登を嫌っている様子は見られない。
しかし、《堅苦しい》雰囲気は、月島も感じ取っていた。
何か困ったことがあれば言えと、鶴見中尉は最初に彼女に伝えたのだが、彼女からきた相談といえば、
・替えの服を数着欲しい
・三日に一度でも良いので風呂に入りたい
…の2点だけであり、話を聞いた感じだと何もかもが揃っているとしか思えない、恵まれた《未来の日本》から来たそうだから、てっきりあれやこれやとかなり無茶な要求をされるものと思っていた鶴見や月島は、少々拍子抜けであった。
彼女よりも鯉登少尉や宇佐美上等兵の方が余程我儘だとわかったので、もっと色々頼んでもいい、と鶴見が駄目元で伝えたところ、
「絵を描くのが好きなので、何か筆記用具と紙が欲しいです」
と返ってきたため、まるで孫に甘い爺のように、鶴見は嬉々として万年筆と鉛筆と筆と炭、それから紙の束を用意したのだった。
「…少尉殿は一昨日、ユキから手作りのメンコを頂いたのですから、嫌われてはいないと思いますよ」
「おお!! そうであった! …見ろ月島ァ! 私の顔が描かれたメンコと、貴様の顔が描かれたメンコ、それから鶴見中尉殿のお顔が描かれたメンコだ!!」
月島のフォローで鯉登は元気になり、胸ポケットからメンコ数枚を取り出して見せつけると、干からびた錦鯉が生気を取り戻してビチビチ跳ねまくるかの如く、部屋を転がる。
壁にぶつかったところでようやく止まり、メンコをうっとりとした表情で眺める鯉登。
「少々堅苦しいところがあるとは言え、彼女は今では私たちの支えとなりつつあります。特にユキが炊事担当となってから、食事を楽しみとする兵が増えました」
「それはそうだな。外ではなく食堂で食べる者が、近頃増えたように思う。私はユキの作る焼き魚が好きだ! 生臭さがなく、しっかり火が通されているから皮まで食える! …月島の好物はなんだ?」
「私、ですか。…………鹿肉丼、でしょうか。歯応えのある鹿肉と、特製のタレが染み込んだ白米が美味いので」
ある日、ユキが作った煮物が中々美味しくて、食べた鶴見と有坂が甚〈いた〉く気に入り、あれ以来彼女に炊事を任せているのだが、これが功を奏した。
兵たちは、彼女が作る食事を楽しみに任務や訓練に励んでいる。
「お帰りなさい」と笑顔で出迎えてもらえる……わけではないにせよ、顔馴染みになると時々、食事にお菓子や小鉢がおまけとして追加されることがあるため、一部の兵は彼女の顔馴染みになろうと必死だ。
鯉登少尉もまた、彼女に魅了された男の一人なのだろう。
近頃彼は、
「宇佐美上等兵が、最近やたらとユキと話している!」
と嫉妬心を剥き出しにしたり、
「菊田特務曹長から土産を受け取り、嬉しそうにしていたが…………まさか年上が好みなのか……?」
と一人で項垂れていたりで、ユキに気があることは明白である。
親しくなる宣言をした鯉登と、それを聞かされた月島の部屋の扉から、コンコンと小さなノックの音がした。
「ユキです。月島さんはいらっしゃいますか?」
「キエッ!?!?」
「ああ、はい。中へどうぞ」
「失礼します」
会話ののち部屋に入ったユキを見て、鯉登は開いた口が塞がらない。
「月島さんの肩揉みに伺いました」
「よろしく頼む」
「月島ぁ!? 肩揉みとは一体どういう……なぜユキが月島の肩を……まさか二人はそういう仲なのか……?」
「違います。先日、月島さんが肩がこっていて首が痛いと話していたので、私が肩揉みを申し出たんです」
青ざめた顔で落ち込む鯉登をよそに、ユキは月島の肩揉みをスタートする。
無表情で肩を揉むユキと、無表情で肩を揉まれる月島軍曹の図は、少し……いや、かなりシュールだ。
「っ……ユキ」
「はい? あ、強いですか?」
「ああ……。もう少し力を弱めてくれ」
「すみません、あまりにも肩がゴリゴリなので……」
その様子を見た鯉登は、フン、と鼻で笑う。
おなごの出すような力で何を痛がっているのだ、と。
加減がいいのか穏やかな表情をしている月島に寄ると、鯉登も上衣を脱ぎ、ユキに背を向けて座る。
「ユキ、私の肩も揉んでくれ。加減などいらん。全力で揉め」
「今は月島さんの肩揉み中ですけど……」
ユキは月島に視線をやり、「俺はもういい」と許可が出たところで、鯉登の肩に手を置き、そして揉んだ。
「キエエエエエッ!!!!」
2回程揉んだところで、鯉登は猿叫と共に床をのたうち回る。
「鯉登さんの肩は大してこりがなくやわらかいので、全力だと痛いですよね」
のんびりした口調で、無表情(どことなく楽しそうに見えるのは気のせいか)で言うユキを、鯉登は信じられないといった顔で見る。
「おなごの力ではなかったぞ……! 肩が砕け散るかと思った!!」
「それほどでも」
「褒めているわけではない!!」
少し嬉しそうにするので、鯉登は大声で否定した。
「そこまで強くないですよ。これで鯉登さんの肩が砕け散るなら、月島さんの肩はヒビが入ってます」
「キエッ……」
怯える鯉登を横目に、月島は「まさか本当にヒビが……」と一瞬不安になったが、加減された肩揉みは気持ちが良かったし、今、自分の肩は軽く感じる。首の痛みも消えた。
「お陰でだいぶ良くなった。助かった」
「良かったです。またこったらいつでも言って下さい」
「ああ」
ユキが部屋を出てから、鯉登は月島を睨みつけた。
「貴様が親しくなってどうする!?」
(面倒くさい)
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