あの子の攻略法。A
※トリップ
ユキから避けられている、と話す鯉登少尉はすっかり覇気を失い、今にも枯れてしまいそうな頼りない茎のようだ。
「あー……」
鯉登が避けられているのは、月島軍曹も薄々感じていた。
鯉登は、ユキを見かける度に素早く寄り、嬉しそうに上機嫌で話しかける。
昨日の食事が美味かった、今朝の食事が美味かった、今日はいい天気だ、鶴見中尉殿から菓子を頂いたのだが共に食べないか、などなど……。
然程重要ではない話題を使って話しかける鯉登を見つめるユキの表情は、どこか気まずそうな、戸惑っているような、困り顔なのだ。
「私は何か避けられるようなことをしたのか?」
「さあ……」
月島にも見当がつかない。
正直どうでもいい、些細な問題だと考えられるが、仕事に支障が出ると月島軍曹も連動して困るため、
「私がそれとなく、理由を聞いてみます」
と提案した。
------------------
忙しくないと考えられる時間帯に、月島は食堂にいるユキの元を訪ねる。
名前を呼ぶと、すぐに月島の分のお茶をさっさと用意し始めるのを見て、思わず頬が緩む。
「どうぞ」
しばらくして机に置かれた湯飲みを、「すまん」と一言伝えて口元に運ぶ。
ユキは月島の前の席に腰かけて、黙って用件を待つ。
団子屋や遊郭の女よりはかなり愛想がなく、良家の娘よりも笑顔が控えめで、必要以上には語らず。……なんというか、彼女には一切無駄が見られない。
しかし月島にとっては、そういう彼女は信用が置けて、あまり気を遣わなくて済むという、ありがたい存在だ。
ゆっくり茶を啜ってから、月島は切り出した。
「……鯉登少尉が、最近お前に避けられていると感じているらしい」
「あー……鯉登さんには大変申し訳ないんですけど、その」
あれこれ配慮して迷うような仕草を見せるので、構わないという意味で頷けば、眉尻を下げて苦笑された。
「……あまりにもぐいぐい来られるんで、どうしたものかと対応に困っているんです」
「ああ、なるほど」
やはり彼女のあれは困っている顔だったのだ、と月島は納得した。
「あれだけあからさまに好意を向けられるのは生まれて初めての経験です。鯉登さんは真っ直ぐで面白い方だとは思いますが、勢いが勢いですから、さばききれなくて……」
「もし迷惑なら、俺から少尉に伝えておくが」
「迷惑というわけではないです。好意を持たれるのは嬉しいんです。ただ、あの強すぎる勢いをなんとか加減してもらえれば、と思っています」
「加減、か」
確かに今の状態は、鯉登がかなり前のめりで、全速力で突進しているようなものだ。しかもそれが毎日で、一日に何度もとなると、ユキが疲れるのは当たり前だ。
「……鯉登さんは家柄が良いと聞いているんで、本来ならはっきりとお断りするのが筋ですよね」
「…………」
「私は、未来の女といってもそれだけで、庶民の生まれですし、この時代においては世間知らずで年増の行き遅れです。私が中途半端な態度を取るから、鯉登さんを困らせて、こうして月島さんの手を煩わせています」
視線を下げて表情を曇らせていくユキに、月島はなんとも言い表し難い気持ちになる。
理不尽さだとか憤りだとかそういう、激しい感情が、ぐるぐると胸の内に渦巻いている。
「……やっぱり、『迷惑です』と鯉登さんに伝えて頂けますか」
「断る」
「え」
まさか断られるとは思ってなかったし、あまりにもきっぱり告げるものだから、ユキは伏せていた顔を上げる。……目の前には、怒っているような、苦しそうな、眉をしかめる月島がいた。
「鯉登少尉は、お前の年齢は知っている。年増で行き遅れなことぐらい、承知の上で惚れている。そんな男が家柄など気にするはずがない」
「…………」
「お前はなんの取り柄もないとでも言いたげに自分を卑下するが、俺たちはお前の作る食事をいつも楽しみにしている。現にお前が炊事担当となってから、飯時の食堂は常に人で溢れているし、お前に覚えられると時々小鉢がおまけしてもらえるから、顔馴染みになろうと必死になる兵は多い」
逸らすことなく真っ直ぐと、射抜くような鋭い目つきで言葉をぶつけてくる月島軍曹はかなり強烈で、何も反論する気にならない。
「鯉登少尉はあの通り、どこまでも真っ直ぐで無鉄砲で危なっかしく、一人で突っ走るところがある。だからお前くらいに肝が太くて落ち着いた女が丁度いいんだ」
「肝が太いですか、私は」
「どう考えても太いだろう。鶴見中尉に有坂閣下、俺や宇佐美、菊田特務曹長……。この面々に対して物怖じせずに普通に会話が出来るのだから、間違いない」
これは褒められているのだろうか、と一瞬疑問に思ったが、月島軍曹の口からユキを叩くような言葉を聞いたことは、これまで一度もない。
今、ユキは月島軍曹から褒めちぎられているのだ。
そう考えると途端に気恥ずかしくなり、目を泳がせてから真っ赤な顔で視線を落とす。
月島軍曹は、湯呑みに残る茶をぐいっと一気に飲み干した。
「わかったら、さっさと腹をくくって鯉登少尉の好意を受け入れるんだな」
「…………善処します」
------------------
数日後、月島軍曹は再び鯉登少尉から相談を受けた。
「最近、私が話しかけるとユキが顔を赤らめ、視線を全く合わせてくれんのだ」
と。
まさか嫌われているのか、と勝手に落ち込む上官の姿に、月島は額に手をやってため息をついた。
-10-ユキから避けられている、と話す鯉登少尉はすっかり覇気を失い、今にも枯れてしまいそうな頼りない茎のようだ。
「あー……」
鯉登が避けられているのは、月島軍曹も薄々感じていた。
鯉登は、ユキを見かける度に素早く寄り、嬉しそうに上機嫌で話しかける。
昨日の食事が美味かった、今朝の食事が美味かった、今日はいい天気だ、鶴見中尉殿から菓子を頂いたのだが共に食べないか、などなど……。
然程重要ではない話題を使って話しかける鯉登を見つめるユキの表情は、どこか気まずそうな、戸惑っているような、困り顔なのだ。
「私は何か避けられるようなことをしたのか?」
「さあ……」
月島にも見当がつかない。
正直どうでもいい、些細な問題だと考えられるが、仕事に支障が出ると月島軍曹も連動して困るため、
「私がそれとなく、理由を聞いてみます」
と提案した。
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忙しくないと考えられる時間帯に、月島は食堂にいるユキの元を訪ねる。
名前を呼ぶと、すぐに月島の分のお茶をさっさと用意し始めるのを見て、思わず頬が緩む。
「どうぞ」
しばらくして机に置かれた湯飲みを、「すまん」と一言伝えて口元に運ぶ。
ユキは月島の前の席に腰かけて、黙って用件を待つ。
団子屋や遊郭の女よりはかなり愛想がなく、良家の娘よりも笑顔が控えめで、必要以上には語らず。……なんというか、彼女には一切無駄が見られない。
しかし月島にとっては、そういう彼女は信用が置けて、あまり気を遣わなくて済むという、ありがたい存在だ。
ゆっくり茶を啜ってから、月島は切り出した。
「……鯉登少尉が、最近お前に避けられていると感じているらしい」
「あー……鯉登さんには大変申し訳ないんですけど、その」
あれこれ配慮して迷うような仕草を見せるので、構わないという意味で頷けば、眉尻を下げて苦笑された。
「……あまりにもぐいぐい来られるんで、どうしたものかと対応に困っているんです」
「ああ、なるほど」
やはり彼女のあれは困っている顔だったのだ、と月島は納得した。
「あれだけあからさまに好意を向けられるのは生まれて初めての経験です。鯉登さんは真っ直ぐで面白い方だとは思いますが、勢いが勢いですから、さばききれなくて……」
「もし迷惑なら、俺から少尉に伝えておくが」
「迷惑というわけではないです。好意を持たれるのは嬉しいんです。ただ、あの強すぎる勢いをなんとか加減してもらえれば、と思っています」
「加減、か」
確かに今の状態は、鯉登がかなり前のめりで、全速力で突進しているようなものだ。しかもそれが毎日で、一日に何度もとなると、ユキが疲れるのは当たり前だ。
「……鯉登さんは家柄が良いと聞いているんで、本来ならはっきりとお断りするのが筋ですよね」
「…………」
「私は、未来の女といってもそれだけで、庶民の生まれですし、この時代においては世間知らずで年増の行き遅れです。私が中途半端な態度を取るから、鯉登さんを困らせて、こうして月島さんの手を煩わせています」
視線を下げて表情を曇らせていくユキに、月島はなんとも言い表し難い気持ちになる。
理不尽さだとか憤りだとかそういう、激しい感情が、ぐるぐると胸の内に渦巻いている。
「……やっぱり、『迷惑です』と鯉登さんに伝えて頂けますか」
「断る」
「え」
まさか断られるとは思ってなかったし、あまりにもきっぱり告げるものだから、ユキは伏せていた顔を上げる。……目の前には、怒っているような、苦しそうな、眉をしかめる月島がいた。
「鯉登少尉は、お前の年齢は知っている。年増で行き遅れなことぐらい、承知の上で惚れている。そんな男が家柄など気にするはずがない」
「…………」
「お前はなんの取り柄もないとでも言いたげに自分を卑下するが、俺たちはお前の作る食事をいつも楽しみにしている。現にお前が炊事担当となってから、飯時の食堂は常に人で溢れているし、お前に覚えられると時々小鉢がおまけしてもらえるから、顔馴染みになろうと必死になる兵は多い」
逸らすことなく真っ直ぐと、射抜くような鋭い目つきで言葉をぶつけてくる月島軍曹はかなり強烈で、何も反論する気にならない。
「鯉登少尉はあの通り、どこまでも真っ直ぐで無鉄砲で危なっかしく、一人で突っ走るところがある。だからお前くらいに肝が太くて落ち着いた女が丁度いいんだ」
「肝が太いですか、私は」
「どう考えても太いだろう。鶴見中尉に有坂閣下、俺や宇佐美、菊田特務曹長……。この面々に対して物怖じせずに普通に会話が出来るのだから、間違いない」
これは褒められているのだろうか、と一瞬疑問に思ったが、月島軍曹の口からユキを叩くような言葉を聞いたことは、これまで一度もない。
今、ユキは月島軍曹から褒めちぎられているのだ。
そう考えると途端に気恥ずかしくなり、目を泳がせてから真っ赤な顔で視線を落とす。
月島軍曹は、湯呑みに残る茶をぐいっと一気に飲み干した。
「わかったら、さっさと腹をくくって鯉登少尉の好意を受け入れるんだな」
「…………善処します」
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数日後、月島軍曹は再び鯉登少尉から相談を受けた。
「最近、私が話しかけるとユキが顔を赤らめ、視線を全く合わせてくれんのだ」
と。
まさか嫌われているのか、と勝手に落ち込む上官の姿に、月島は額に手をやってため息をついた。
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