能面トリップ夢主


完全に甘く見ていた、と尾形上等兵は漏れ出そうなため息を、なんとかせき止める。
鶴見中尉から「親しくなって情報を聞き出せ」と命じられたので、未来からやって来たという胡散臭い謎の女の話し相手なんかを引き受けた尾形だが、その辺の年若い女と違い、なかなかガードがかたかった。
女・ユキは時折笑顔も交えつつ朗らかに話すため、ある程度までは親しくなれるのだが、そこから先へは入らせてくれないのだ。
愛想の良さに騙された感がある。

会話の中で見せる笑顔には、恐らく偽りはない。本当に楽しいと思っているのだろう。しかし必要以上のことは話さず、厠の場所など最低限のことを教えたらそれ以降は頼ってくることもなく、ただただ無駄に会話を重ねているだけである。自分で出来ることは全て自分一人で解決してしまう。
鶴見中尉が欲している類いの情報は、ほとんど聞き出せていないのが現状だ。

そこで尾形がとった行動は、かなり思い切ったものであった。

「お前……本当は誰一人として信用してねぇだろ。」

ストレートに尋ねたのだ。
すると女の顔から、まるで服を脱ぐかの如く、笑顔が消えた。能面のような無表情となった。
ああ、これが彼女本来の本当の顔なのだ、と尾形は確信した。

「今まで仲良くお喋りした仲だってのに、俺のことも信じちゃくれんのか?」
「ある程度の親しみを込めて話すだけなら、その辺の年寄り相手でもやれることです。」

女の感情は、その本心は、酷く冷たい。

「なるほどな。どうりで俺や他の奴らの出身地やら家族のことやらを聞かないわけだ。……要するにお前は、他人に興味を持てない。そうだろ?」
「誰がどこで生まれ育ってどんな親に育てられたかなんて知っても私には何も得がないですし、どうでもいい情報ですから。」
「どうでもいい、か……。」

もうすっかり癖になってしまっている、前髪を後ろに撫でつける仕草をしながら、尾形は自分を見てくれなかった母親と、自分を見放した父親、それから屈託のない笑顔が印象深い腹違いの弟を思い浮かべる。
そこでふと思ったのは、「自分の生い立ちを話したら、一体この女はどんな顔をするのだろう」という考えだった。
ぽつぽつと、少しずつ、ゆっくりと、尾形は自分の過去をユキに吐露した。

「……何を思った?」
「別に何も。」

大して表情を変えることなく即答するユキを見て、どこまで他人に無関心なんだよと、尾形は少し呆れた。

「何もってお前、何か思うことはあるだろう。普通の人間なら、可哀想だなどと哀れむもんだと思うぜ。」
「特別変わった家族関係じゃないと思いますよ。この時代において、本妻とは別に妾を持つのは珍しくないと聞いてます。それに、可哀想かどうかは当事者が感じることであって、第三者が勝手に哀れんだところでそれはただの【想像】から発生した【同情】です。」
「今わかった。お前……普通じゃねえ。」

尾形は折れた。


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