鯉登の恋は難しい。@


(現パロ)




鯉登(10)には好きな相手がいる。隣に住んでいる、ユキという16歳の女の子だ。
小学校から帰って来てから剣道の稽古に行くため家を出るタイミングで、彼女もピアノ教室に行くために家を出る。途中まで一緒に話せるのが、鯉登少年にとって至福のひと時であった。
…いや、何もその時でなくとも鯉登とユキが話す機会はあるのだが、二人きりで話せる時はそう多くはない。だから、お互いが習い事に向かうその時だけは、鯉登は自分は世界で一番幸せな男なのだと思えた。

鯉登少年……鯉登音之進が生まれたのは、ここ東京ではなく、遠く離れた九州の鹿児島である。将来のことを考えた父親・鯉登平二が、九州の田舎よりは学ぶ環境が整っているであろうと、東京に住む知人で小説作家の鶴見篤四郎の元へ息子を送り出したのだ。
初めこそ住み慣れた鹿児島を、親元を離れることを泣いて嫌がった音之進であったが、鹿児島中央駅まで遥々迎えに来た鶴見の姿を見て以降、すっかり鶴見に懐いた。(鶴見には懐いたが、鯉登の世話係を任せられた住み込みの部下・月島に対してはマウントを取りたがる傲慢っぷりである。)

そしてある日の夜、回覧板を回しに来たのがユキである。鯉登の母親みたいに色が白く、挨拶した時の笑顔が優しくて、鯉登は見惚れた。しばらく口を開けたまま玄関に突っ立っていたので回覧板を受け取った月島に「ご挨拶は?」とユキの前で注意されてしまった。
彼女が帰ってからすぐに、鯉登少年は月島にあの人は誰だ、と尋ねた。お隣に住んでいる古谷さんですよ、という少し期待外れな答えが返ってきたので、更に尋ねてやっと、「ユキ」という下の名前を知ることが出来た。

名前を知ることが出来ても話しかけるきっかけといえば回覧板を持って来る時くらいしかなく、鯉登はその日が来るのをただただ待つしかなかった。毎日毎日、学校から帰って夕食を素早く食べ、夜になると玄関で彼女を待った。
ある日の夜、とうとう「その時」は来た。前回のように回覧板を月島が受け取り、前回のようにユキが帰ろうとしたのを、鯉登は勇気を振り絞って引き止めた。「やめなさい、ご迷惑でしょう」と月島は諫めたが、鯉登は譲らなかった。結果、家長の鶴見が玄関に現れてユキをお茶に誘うこととなり、それがきっかけで彼女は時々、主に学校が休みの土日は鶴見邸に来るようになった。(鯉登が剣道教室に通い始めてからは、平日の放課後は冒頭にあった通り彼女と短くも楽しい時間を過ごすことが出来ている。)

本を読むことが好きだと言うので鶴見はよく発表前の作品をユキに読ませては感想を求めた。ユキは毎回嬉しそうに読み、この場面の演出が良かった、この人物とこの人物との関係性が好きだ、など色々な感想を伝えた。
しかし鯉登少年は本はそんなに読まないため小説は得意ではなく、自分は彼女と比べてまだまだ子供だから話が理解出来ないのだ、と落ち込むため、この時間はあまり好きではない。そのためユキが感想を伝えると即座に彼女を強引に鶴見の仕事部屋から連れ出し、リビングでお喋りを楽しんだ。(いつも月島が見張るように同席して会話に加わっており、ユキはユキで月島と楽しそうに話すので、鯉登は彼女の顔を自分に向けさせることに必死であった。)

「俺が大きくなったら、俺と結婚してくれ。」

ユキとだいぶ打ち解けた頃、月島が席を外した隙に鯉登は思い切ってプロポーズした。顔の温度が一気に上昇して頭が爆発するんじゃないかってくらい熱く感じ、口の中は乾いてカラカラだった。
鯉登とは対照的にユキの表情には余裕が見られ、

「大きくなったら、同じ年頃の子を好きになるよ。」

……そう言われて、鯉登少年は何も返せなかった。


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