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○月△日

先日、兵舎の敷地内で見つかった妙な娘について、鶴見中尉から彼女の世話、それから行動内容の報告を命じられた。
それで、こういうものは慣れていないし、柄じゃないことはわかっているのだが、一日の終わりにあの娘について、こうして日誌にしたためておこうと思う。


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○月□日

娘・癒乃は、100年以上も先の日本から来たらしい。突飛すぎてとても信じられることではないが、中尉殿が保護すると決め、私は彼女の世話と報告を任じられたのだから、受け入れる他ないだろう。

女、それも若い娘にしては頭髪が短く、顎くらいの位置までしか髪がない。
色が白く、顔立ちは美人だと思う。女にしては声が低い。背が高く、俺とほぼ同じくらい……いや、少し高いか?
流石に鶴見中尉や鯉登少尉よりは低いが、あの娘の背丈が俺より大きいというのは、妙な気分にさせられる。

性格はまだ把握出来ていないが、鯉登少尉のように奇声を上げたり勝手にそばを離れたりといったことはなく、大人しい娘のようでそこは安心した。
しかし、癒乃は少し大人しすぎるように感じる。


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○月×日

大人しい、と一言で言っても度合いは人によって様々だから、彼女の「大人しい」についてまとめてみる。
彼女はペラペラと喋るような口の軽い人物ではない。口下手なのか、こちらを信用していないからあまり話さないようにしているのか、そこはわからないが、話す時はよく考えているのだろうと、話し方で感じ取れた。
無表情でいることが多く、会話中は時折笑顔を見せるものの、愛想笑いに見えることは多々あるし、全体的に無表情の割合が多い。

この情報だけで鑑みれば、まるで尾形上等兵の女版だが、彼女からは奴のような邪気や悪意は感じない。
邪気や悪意は感じ取れないが、どことなく影を感じる雰囲気を持っている。


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○月○○日

料理ならやれるだろうと、鶴見中尉は癒乃に兵舎の炊事場を任せた。
しかし彼女は竈の使い方を知らなかった。火を起こすためのマッチ箱を渡すと、「火打ち石じゃなくて良かった」と苦笑いしていた。
火打ち石を使って調理していたのは数十年前までの話で、今はマッチが主流なのだが、100年も先の人間からすれば、昔の人間は一括りか。

少し手間取ってはいたが、癒乃の作った飯は、びっくりするくらい美味かった。
今までは、腹を満たせばそれでいいと、味にはこだわりがなかったのだが、彼女の手料理は美味い。
周囲の兵たちも同意見だったようで、皆口々に飯が美味い、飯が美味い、と幸せそうだった。
もし今前山がいれば、あいつも口いっぱいに頬張りながら、俺の前の席で笑っていたのだろうか。


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○月○△日

昨日の評判が広がったらしく、今日の食堂には、普段の倍くらい人が来ていた。
どの時間帯でも人が多かったが、朝より昼、昼より夕が多かったように思える。評判の広がり方の勢いを感じる。

癒乃は昨日から、寝る時以外はほとんど食堂と炊事場にこもって、何を使うか、何を作るかを考えたり、時間になれば調理に取り掛かり、とにかく忙しそうだ。
炊事場は寒いからと、どてらと火鉢を用意したら嬉しそうにしていたので、やはり寒かったのだろう。なぜ言わなかったのかと問えば、「我慢すれば済むと思った」と返された。
兵士じゃないのだから、あまり我慢ばかりしなくてもいいのに。


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○月○□日

癒乃が食堂にこもるため、飯時以外の誰もいない時間帯に、鶴見中尉自ら食堂を訪れた。
向かう前に、彼女を呼び出しましょうかと提案したら、「彼女が食堂でどう過ごしているのかを少し見てみたいだけだ」と笑って返された。

潜入する時のように、音もなく気配を消して食堂に入り、中尉と二人身を低くして、炊事場の癒乃を覗き見た。
昼飯の支度で、癒乃は炊事場内を行ったり来たりしていた。
切った白菜や人参を鍋に入れたり、使った道具を調理の合間に洗ったり、火にかけていた麦飯と水の入った釜をあれこれしたり、とにかく忙しそうだった。

中尉と俺が突然姿を現した時の、あの驚きようは未だに笑える。
物陰から名前を呼びかけられ、「はい!!」と今まで聞いたこともない大きな返事をしながら大袈裟な動きで振り返るので、中尉も俺も、たまらず笑った。
中尉が、今日の昼食の献立はなんだと尋ねると、野菜と肉団子の汁物と、麦飯の握りに味噌を塗って焼いたのを出すという、聞いただけで食欲が出る情報を得た。

今日の昼、鶴見中尉は珍しく、自室ではなく食堂で食事した。
鶴見中尉殿がいらっしゃるならと、いつも大体外で食べることの多い鯉登少尉や宇佐美上等兵も、食堂で昼食をとった。
癒乃の手料理は、鯉登少尉と宇佐美の口にも合ったようで、二人は夕方も食堂で食べた。