名前はなまえ。年は13。苗字は記憶がぼんやりとしていて思い出せない。けれども二日ほど寝て起きてを繰り返していれば、過去のことを思いだそうとしてもぼんやりとしているが、頭はすっきりとしてきた。ユーリさんがいくつか質問してくることに対して返事をして、怪我の具合を確認されて、大丈夫だとお墨付きをもらった。
「足の怪我が治ったらすぐに軍に保護してもらいなさい」
「はい。あの、なにか手伝うことはありますか?」
この時のユーリさんは輝かんばかりの笑顔だった。彼等に助けられたイシュヴァール人にも何人か彼等を手伝う人達がいる。私はその中で包帯を洗っていたイシュヴァール人の女の子に教えて貰いながら、足に負担がかからないように包帯を洗う。腕にも怪我をしていることから渡された包帯の量は少なかった。人を気遣える、優しい女の子だ。ただイシュヴァール人であった為に命を狙われている。
「大丈夫?」
「……うん、大丈夫だよ」
動きをとめた私の顔を心配そうに覗き込んだ女の子に、笑みを向ける。名前は聞いていなかった。彼等にとって名前とはとても重要なものなのだ。今こうして元気に生きられていても、明日はどうかわからない。そしてその場合、殺すのはアメストリス人なのだ。教えてくれとは言えなくて、代わりに私の名前を告げることもできなかった。
「これでいいかな」
「じゃあ私、干してくるね!」
「ありがとう、よろしくね」
女の子はニコッと笑って私の洗った包帯を受け取ると、走り去っていった。私は汚れた水を捨てて、桶の汚れを洗い流したあとひょこひょこと室内へ戻ることにした。
部屋の中ではサラさんとユーリさんが忙しなく動いている。二人に威嚇をするイシュヴァール人もいるが、二人のために働いているイシュヴァール人もいて、この空間だけ切り取ると、人種なんて些細なことにすぎないはずなのに。
私に気付いたサラさんが手を振ってくれた。それに手を振り返して、私は自分に与えられたベッドに戻る。包帯を干し終えたらしい女の子が近付いてきて、私の隣に座った。
「お姉ちゃん、お話して」
「えー、ちょっとまって」
ぼんやりした記憶をひっくり返して、どうにか思い出した昔読んだ絵本の内容を、頑張って抑揚を付けて話してみる。女の子はにこにこと笑って話を聞いてくれているが、上手いのかどうかは分からない。けれども娯楽のないこの場ではこんな下手な語りでも面白く感じれるのだろう。拙い語りを終えると女の子は大袈裟にはしゃいで「もっと!」と強請ってきた。
「なまえは読み聞かせが上手ね」
「……お世辞でも嬉しいです」
「そんなことないわ、そりゃとても上手いって訳では無いけれど、なまえの語りはなんだか聞いてて安心出来るのよ、これは才能よ?」
聞いていたらしいサラさんが私の頭を撫でる。サラさんもユーリさんも、私の頭を撫でるのが好きだ。もうそんな子供じゃないと思うけれど、13歳なんて彼等からすればまだまだ子供なのかもしれない。
気付くと私の周りに子供が増えていた。イシュヴァール人特有の赤い瞳がいくつもこちらに向けられている。期待の籠ったその瞳に、私はまた記憶の中をひっくり返して絵本の内容を探し出す羽目になったのだった。