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仕事場と実家までは30分という短い距離にある。
会社に近いと同僚と出会う確率も高いらしいが、幸運にもそのような場面に出くわすことは一度もない。貯金が貯まらないので実家にお世話になっている。両親は「早く貯めてうちから出て行った方が良い」と勧めてくるが、この曇り空のような景気では難しいお願いだ。そのため、私は実家暮らしという選択を選んだ。門限なし、しかし夜遅くなると怒られる。両親は「早く実家から出てくれ」と、頼んでくるが、曇り空のような景気では難しい。

実家に着くと、トヨタの黒のクラウンが止まっていた。両親の愛車はダイハツのタント。母の言っていたお客さんが乗っているのだろう。


「ただいまー」
「お帰り」
「あれ?海(かい)じゃん」

玄関で、弟の海が出迎えてくれた。私の6歳下の可愛い弟だ。プチ反抗期気味だが可愛いらしい。

「今日は学校なかったの?」
「何か事件が起きて早帰りしたんだよ」
「物騒だなぁ。お母さんたちは?」
「床の間だよ。姉ちゃんが来るの待ってる」
「そっか、ありがとう」

障子を開くと、手前に両親、奥の座席に男女の二人組が座っていて、私は真ん中に座るよう促された。

「遅い。名前」
「いや人身事故とか重なってたんだよ…しょうがないでしょ」
「2人とも。お客さんの前だから」

母と口げんかをしそうになったところを父に制止される。

すぐに目の前の男性が口を開き、
「苗字名前さんでしょうか」
「はい」
「私どもはこういう者です」

2人は私に名刺を渡してきた。名刺には「時空省 時空管理現代課 安藤橘(あんどう たちばな)」、もう片方の女性の名刺には「時空省時空管理現代課 猛橋 実織(たけはし みお)」とあった。

時空省と呼ばれる官公庁も、時空管理現代課という部署も、現代の日本にはない。

「あの、この時空省とは……?」
「現代の、21世紀の日本にはありません。私どもが働いております23世紀の日本にて作られた官庁なんですよ」
「はい?」

私と両親の声がハモった。23世紀の日本?もしかして宗教勧誘をしている人なのか。
私達の気持ちを察しているのか、安藤さんは証拠を見せようとなにかを取り出した。およそ20センチほどの分厚さのある書類、それとモバイル型のノートパソコンだった。

「そちらは?」
「審神者についてご説明する冊子と仕事紹介用に作成した動画をお見せするために持参いたしました。こちらをご覧いただけますか?」

安藤さんがPCの電源を入れ、仕事の動画を見せてきた。

『はじめまして、こんにちはー!!!私は富良野です。新人の皆さんに審神者がどんな仕事なのか説明するために制作しましたー!!』

いやにテンションの高い男性が登場してきた。お仕事でこんな仕事をさせられるなんて、未来の日本でもこういう類の仕事って残っているんだ……。動画のお兄さんは”さにわ”の職業について事細かく、それでいて明瞭な説明をした。話術も上手で、"さにわ"が、審神者と書くことや付喪神を目覚めさせて時代なんちゃら達と戦うことなど云々。

非科学的な話が続き、最後は『こんな仕事なんです。お分かりいただけましたかね??絶対にしちゃいけないことは人としての道を外れるような行為!!!!ブラック運営、ダメ絶対!!!』という、胸の前で、バツマークを作ったところで、動画が止まる。

「審神者とはこのような職業なのですが、ご理解いただけましか?」
「あ、はい…少しは」
安藤さんに問いかけられ、私はゆっくりと首を縦に振った。
「なら良かった。先程の審神者という職業にですね、仕事としてお願いしたいのです」
「なるほど。あの、ちょっとやっぱりさにわについて教えていただけます?」
「お母さん……」 隣にいる母に、じっとりとした目線をやる。
「だって、今見せてもらったビデオ、あまりにファンタジーすぎてちょっとよく分かんなかったんだよー。安藤さんごめんなさいね……年取ると頭が固くなっちゃって受け入れるのが難しくてー」

「それではもう少し私共の立場に近いものに例えてお話いたします」
「安藤さん、すみません」 父が軽く謝った。
「いえ、名前さんのお母様のように、審神者という職業がピンと来ない方は沢山いらっしゃいますし、それを説明するのが私どもの仕事です。では、お母様。ビデオにあった付喪神と言うのはご存知でしょうか」
「ええ、知ってますよ」 

母が頷く。
大事に使われたものには魂が宿る。大学で、妖怪とかをメインに研究してる先生が付喪神を講義で取り扱っていた。

「私どもは、日々、歴史を修正するテロリスト集団……歴史修正主義者と戦っています。彼らは人では太刀打ちできない力を持って脅かしてきます。私たちも同じように人としてではない武器を持って対抗しております。それが先程お話した付喪神……刀の付喪神を、です」
「なるほど」

「そして、こちらの時代から審神者に適応できる方が他にいないか探していた時に名前さんが見当し、こちらに伺ったのです」

「はあ、そういうことだったんですねぇ」と、母はようやく納得がいったようだった。

「しかしね、安藤さん」と、次に、父が話し始めた。「その敵と対抗するってことは、娘もあなたたちと同じように戦いに身を投じるってことですよね?大事な娘ですから、傷物になるなら許せません」

父の横顔を見ると、とても険しそうな顔つきになっていた。彼は私や海がどの道を歩いてゆくのか、レールを轢かれた上で生きてゆけなんて、全く言わず、母親のように見守ってくれることが多い。しかし、私が怪我をするかもしれないとして、心配してくれるのは、ややこそばゆいが、嬉しい。

「ご安心ください」と、猛橋さんが言った。

「今回名前さんにお願いするのは元々他の者の本丸……審神者の居住地ですね、まずそちらに見習いとして参っていただくことが第一として、また第二に審神者が様々な要因で立ち退いた本丸の運営がございますので、お嬢様が第一線にて戦うのではなく、業務を見学するということから始めさせていただくつもりです」
「見学からスタートすると言うことは、娘が今働いている仕事と掛け持ちということですかね?」
「いえ、審神者業に専念していただくので、お嬢様が就かれている会社を辞めていただく形となります。私どもの時代では、審神者業というものが、国家公務員と同じ扱いとなりますので。平均的な給与としてこの程度の額が振り込まれます」

パンフレットのようなものを取り出し、赤ペンで丸をつけられた箇所を見る。20代女性のモデルだと……え!?月収が…3桁近い??!

「あの、見間違えでなければかなりもらっていませんか」
「国家公務員ですので。ああ、誤解のないようお伝えしますと、私どもは平均的な給与です。審神者業に就かれている方々のほとんどは、こちらと同程度ですよ」

そういって、猛橋さんが大変素敵な笑顔を浮かべた。この笑顔は、嘘をついていない。

「ちなみに、住み込みですが、住宅手当も入ります。これは審神者業を勤める方のご家族対象でして、なんと8割負担!!」
「なんと」

ダメ押しの一手。今働いている会社じゃあんまり出てくれないんだよなぁ。しかし、まあ、見学から始めてもこの金額…。正直、私は揺らいでいるが、両親の印象だとどうだろうと、顔を見た。父はあごに手をやりなにやら考えている様子。しかし、母のほうはといえば、「お金もいいし、職場もよさそうだしいいんじゃないの?」と言いたげな顔をしていた。うーん。うちの親って、性別が逆転してるんじゃないかと思えるような夫婦だ。

「審神者業、引き受けていただけませんか?名前さん」
「えっと…」

ここで答えを出すのは尚早か。言いよどんだ私に、「名前がいいなら」と、父が言った。

「いくら私や妻が悩んだところで審神者の仕事につくのは娘の名前ですから。彼女の意思を尊重しますよ」
「お父さん……」
「私もお父さんと同じ意見」
「お母さんも?」
「うん。アンタ、もう成人してるんだし、自分が嫌な仕事だったら自分で突っぱねるだろうし、第一、安藤さんたちの話を聞いていて、名前に合っていそうだなって感じたんだよ」
「そっか…。私、審神者業を引き受けます」
「よろしいですか?」
「ええ」
「承知しました。では、こちらの書類に署名をお願いします」

ふと、安藤さんが、口元に、微笑をたたえ、分厚い書類の束を渡してくれた。チェック漏れがないよう、署名と同時進行で、どのようなことが規約違反となってしまうのか、また仕事を棄権したいときはどうすべきかという点も確認してゆく。


「よし…ここもよし…終わりました」
「ありがとうございます。後日、こちらに伺う際、こちらの原本のコピーをお渡ししますね」
「よろしくお願いします」


「それでは、数日後また伺いますのでお洋服などのご準備をお願いします」
「はい」
安藤さんがこれからの日程を説明した後、猛橋さんと共に、クラウンに乗り込み、市街地へと向かっていった。





数日の間に様々なことが出来事として、私の一週間を駆け抜けていった。

会社に辞職する旨を伝えたところ、安藤さんたちのほうからも連絡が伝わってくれたらしく、すんなりとやめることになった。二ヶ月前または一ヶ月前に伝えることがベターなんだろうけど、特殊な例ということだったのかもしれない。

昨日は、ささやかな送別会を、部長が開いてくれた。場所は、会社近くの居酒屋。仕事終わりの会社員の姿は少なく、落ち着いたBGMが流れていた。

「苗字先輩がいなくなっちゃうの悲しいですぅ…うえーん」
「そんなこと言って、本当は奢ってもらえないの残念がってるんでしょう〜」
「あっはは〜〜ばれたぁ!!」

後輩はやや赤ら顔で、私に絡んできた。そこに、ひとつ上の先輩も肩を組んでくる。いつもの飲み会のような雰囲気に変わっていた。

「ほかに何飲みますぅ?」
「お手洗いに入ってくるからいいや」
「あ、俺もお手洗い」
「馬場先輩ったら苗字先輩の後ついてく感じですかぁ??!そんなの私が許しませんよぉ」
「へえへえ。何とでも言え。梓よろしく」
梓というのは、先ほどのひとつ上の先輩のことである。

「あいよ〜。いってら」





お手洗いに向かう途中、馬場がポツリと言った。
「苗字さんみたいな人も去っちゃうんだなあ。どこかいいとこでも転職?」
「あー、はい。まあそんなところですね」

審神者のことを言ったらファンタジーか何かのゲームだと一蹴されてしまう。当たり障りのないことを言った。

「俺も転職したいわ…。あと夢見が悪くなければいいんだけどね」
「最近眠れてない感じ?」
「そうなんだ。ちょっと何か変なのに絡まれていて。ああ、そうだ。これはちょっとだけ伝えておきたいと思ったことなんだけど、骨の形をした化け物には気をつけろよ」
「ホラー映画でも?」
「俺もそう思ってた時期があるんだけどな。夢見が悪いのか、自分の精神がおかしくなったのか、わからないが、俺の生活の節々で骨の形の化け物が現れるようになった。酔っ払いの戯言だと、苗字さんは思うだろうが」

馬場らしからぬ悪夢だ。

「私だったら槍とか何か持って立ち向かうけど」
「苗字さんだったらやっても違和感はないな」

かすかに、馬場が笑った。
お手洗いから戻った後、酔っ払いと化した後輩に絡まれつつ、部署の人々と、最後の時間をすごしたのであった。




「ココア」
「さんきゅ、海」
「まさか実家から出て行ってくれるのがこんなに早いとは」
「そう言って結構うれしいでしょ、お母さん」
「べつにー?」

玄関の前で、軽口を言い合う。嬉しいことも憎いこともあったが、いざ離れるとなるとやや寂しい。

「お母さんはゆがみないね」
「そりゃあね、この状況はなかなかラッキーだったし。あ、でも仕事がつらくて嫌になったら帰ってきなさい」
「それは難しいかなぁ…。あのお給料だと責任重大だよ」多分だけれども。


玄関に人影が写る。「迎えに参りました。猛橋です」と言った。


「それじゃ、行ってきます」
「きをつけてね、姉ちゃん。怪我とかしても俺いないからな」
「わかってるよ」
「名前、つらかったら帰ってきちゃいなさい」
「ええ…それはいくらなんでも無理だと思うよ?」
「いいのいいの。何だったら、私が仕事場の人たちボコボコするから」

わしわしと、母は私の髪を撫でた。ささくれ立った手のひらが肌に当たり、ちょっと痛かった。