つめたく叫ぶ雨の世界で
燃えている。
もくもくと煙立ち、逃げ惑う人々の様子は、落城されたのだと改めて認識させられた。ああ、私の殿は亡くなられたのか。その事実は、空虚な心に重く響いた。城を見つめていると、同僚の紫黒(しこく)が声をかけてきた。紫黒は私に向かって言った。
「おい、名前」
「紫黒か。工作は終わったのか?」
「煙に巻かれる前に、そんなものとっくに終わらせたさ。お前、何をそんなに呆けているんだ?」
「ああ…佐江様のお部屋を見つめていた」
「真赭城か」
紫黒の言葉にうなずいた。真赭城(まそほじょう)は、私と紫黒が忍として仕えていた城だ。城主の佐江様は物静かな方で聡明だった。近隣国が真赭城を攻めいるという情報を掴み佐江様にお伝えしたが、佐江様は首を横に振った。
「どうせ父上たちが亡くなられてから、武力も少ないのです。私と真赭城は共にする」
いくら考えを改めてくれと申し上げたところで、佐江様は腹を決めていた。強い意志が灯っていたのだ。結局、佐江様は真赭城と共に朽ちた。
ああ、佐江様を助けられなかった。肩を落としていると紫黒は言った。
「何落ち込んでいるんだ。攻め入った奴らに見つかれば拷問は避けられない」
「ああ、わかった…」
「まったく、殿様が死んじまうのは嫌になるよ」
紫黒は顔をゆがめた。
忍という職業に就く以上、人を殺めることは必ずしもあるし、間者として忍びこめばいずれ裏切る。誰が敵で味方なのか、神経をとがらせる必要もある。私と紫黒は、これまでも共に忍仲間として働き、いくつかの城を仕えていた。佐江様のように自害なさる殿様もいたし、酷くなぶられ、この世を恨みながら亡くなった殿様もいた。
「まあ、お前の気持ちもわかるよ。佐江様、俺たち忍にも対等に接してくださっていたもんな」
「あんな仕えがいのある方はこれから先見つかるのだろうか?」
「それは名前の勤め先しだいさな」
紫黒は真赭城を振り返ることなく、森の中へと走って行った。私も彼のあとを追い、森の中を駆け抜けた。真赭城周辺には、白煙がたなびいていた。
数刻経ち、真赭城も全く見えなくなるところまで歩いていた。今晩限りの寝床を見つけた頃には日も暮れていた。そこで、寝床代わりに見つけた洞窟で、夕餉を食べていた。夕餉と言っても、簡単な兵糧丸と近くの木々で見つけた穀物である。噛む回数も必然的に多くなるので、そのうち腹も膨れていった。
紫黒は、私よりも早く夕餉を終わらせていた。彼は地図を眺めて言った。
「ここから近いのは蘇芳城か。名前、お前これからどうする?」
「どうするといわれても…真赭城が落ちた今、次の仕官先を見つけるつもりだよ」
「そうか」
「旅に出たいのは山々だけれど、手持ちの銭がない」
紫黒は、何やら思案していた。そして、何かを思いついたように言った。それは、私にとって渡りに船と言うべきものだった。
「俺の古い知り合いでかなり大きめの寺子屋に勤めていたやつがいるんだが、最近腰をやったらしい。そいつの勤め先に代わりの職員または用務員として短期アルバイトをできないか聞いてみるよ」
「本当かい?」
「ああ。数日かかると思うが」
「かまいやしないさ。仕官先が見つかるだけで有難いよ!」
「ふむ。なら今すぐ文を飛ばすか」
紫黒は事項を書きつけ、どこから出したか見当もつかぬ鳩の足にそれをくくりつけた。
「じゃあ、大川さんにしっかり届けてくれよ、柿」
「ポッ!」
任されたといわんばかりに、鳩……柿は飛び立った。
「紫黒、お前そんな動物を使っていたなんて知らなかった」
「結構便利だぞ。動物」
数日後。快適とは言いづらい洞窟での暮らしも慣れてきた頃、柿が戻ってきた。柿の足には、行きとは違う組紐がつけられていた。
「ポッポー!」
「柿、お帰り」
「おー帰ってきたか。…ふむ、無事に届いたみたいだな」
「返事はなんて?」
頃合いを見計らい、色よい返事なのか尋ねてみると、紫黒は首を縦に振った。
「有難い。半年でも良いのならば、ぜひともお願いしたいとのことだ」
「ありがとう、紫黒」
お礼を述べると、紫黒は破願した。
「困ったときはお互い様だろう?それにその寺子屋まで結構距離があるから早めにここを出たほうがいい」
「ちなみに寺子屋の名前は?」
「忍術学園というそうだ」