12月26日



「半助くん帰ってきてるのよ」

母からの電話はそんな何気ない一言から始まった。12月26日の朝。珍しく出勤が遅い時間で、仕事が休みの母からの電話に悠長に出られたのは良かった。

「ふぅん」
「あんた、半助くんのこと大好きだったじゃない」
「まぁ、あんな素敵お兄さんが傍にいて好きじゃないほうが変だよ」
「それはそうだけど、同級生にもカッコいい子がいたのに」
「あぁ……山田とかね」

うすぼんやりとしか思い出せない同級生よりも、強烈に印象に残っているのは隣の家に住んでいた年上の半助くんだった。私と半助くんは、小学校すら被らないほどに年が離れていた。ただ正確には何年離れているとか、しっかり覚えていない。
半助くんはとにかく面倒見がよかった。学校に上がったばかりの私を心配して一時期途中まで一緒に登校してくれたし、勉強で悩んでいれば優しく教えてくれた。友達同士のいざこざに巻き込まれたときに、一番最初に話したのは半助くんだったし、生まれて初めて親と喧嘩して家出した時に探し出してくれたのも半助くんだった。春は一緒に桜を見に行くために散歩をして、夏は宿題見てもらった後にスイカ食べたりして、秋はきれいな落ち葉を拾いに公園に行って、冬は雪が降ったら一緒に遊んでくれた。そんな1年を何回も何回も繰り返していた。

「半助くんに覚えたばっかりのクリスマスソング歌いに行くって聞かなかったし」
「まぁ……お母さん、その話好きだね」
「それがなんでこんなにスれちゃったのかしら」
「大人になったって言ってよ」

当時超下手だったくせに、何故か自信満々で歌いに行ったのだ。忘れるわけないのだ。何年も語り草にされているんだから。その日歌った歌はもう忘れてしまったけど、半助くんが笑顔で一緒に口ずさんでくれていたことは覚えている。

「私、めっちゃ必死だったよね」

今思えば、私はきっと半助くんが望むような「いい子」になりたかったんだと思う。そのためだったら何でもしていた。半助くんの好きな人になりたいとかそういうのじゃなくて、私は半助くんに似合う人はきっと「いい子」だと思っていたから、自分で望んで「いい子」になりたかったんだと、今ならわかる。

何年か前に、半助くんはきれいな女の人を連れて歩いているのを、実家の窓から見送った。一目見ただけで半助くんの特別な人なんだって分かったし、彼女が半助くんにとって「いい子」だっていうのも分かった。それから、半助くんはもう私の特別なお兄ちゃんじゃないってことも分かった。
もしも、私が少しでも背が伸びるのを待っていてくれたなら。歌が上手になるのを待っていてくれたなら。きっと私は積み重ねてきた「いい子」を半助くんにぶつけていただろうか。きっとぶつけていても、あの日笑っていた半助くんの特別な人にかなわないことを知っていた。

「そろそろ切るね、行ってきます」
「もうそんな時間?行ってらっしゃい」

窓から見送ったあの日、もう半助くんとは二度と会えないんじゃないかって思ってしまったけど、それは仕方ないことなんだと、不思議と落ち着いていたのを覚えている。サンタクロースが大人になったら私のもとに来なくなるのと一緒で、いつか来るその時を静かに受け入れることができたのは、長い片思いから解放されたかったからなんだと思う。たくさんの冬が過ぎて、大人になるたびに半助くんは遠く離れていく。

だから、今年も。さようなら、半助くん。あなたが大好きだったのよ。


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