12月28日



休憩がてらコンビニで飲み物と軽い夕飯を買って戻ってくれば、どうやら着信があったらしくスマホのホーム画面が光っていた。一瞬の外出で一気に冷えた指ではうまく操作できないだろうと思って、お湯で手を洗ってから確認する。"【大川】尾浜勘右衛門"の名前が着信履歴の一番上に上ってきた。最後に彼と電話したのは、確か2か月前。

大川商事で同期私以外に5人。私以外は全員似たような部署だったり、同じフロアで働いていた。仕事以外の接点なんて特になかったのに、5人に何故か妙に気にかけられたり一緒に飲みに行ったり、時には休日に遊んだりすることが多かった。先輩の木下さん曰く、近年稀に見る横の繋がりが強くて仲がいいらしい。確かに1個上の食満先輩とか潮江先輩とかたまに喧嘩してるもんな。それも仲いいと思うけど。
その中でも、一番気が合って仲良くしてくれていたのは尾浜だった。今みんなで飲んでるんだけど来ない?とか、猫見つけたんだけど、とか、電車遅れてるから気をつけろよ、とか。私が激務だったときは、わざわざお菓子をこっそり差し入れに来てくれた。私が一人地方支社に飛ばされることが決まった時に凄く心配してくれた。ただ、最後の同期飲みの時は珍しく妙に無口で、最後は何かそわそわしていたのも覚えている。

フロアに誰も居ないことを確認して、イヤホンを繋いで通話ボタンを押す。暫く出なくて一旦切ってしまった。カレンダーをちらりと見れば、そういえば本社は今日仕事納めだったと思い出す。支社で大きな仕事があるから、と単身赴任を任された私は仕事納めなんて形でしか存在しないが、多分本社のみんなは明日から休みだ。ってことは今日の尾浜は酔っ払いの尾浜か。ちょっとだけめんどくさいな。彼はお酒を飲んだり、同期で飲んでる最中に電話をかけてくることが多かった。やたらとテンション高いし嬉しそうなことが多い。尾浜はもしかして、恥ずかしくて素面じゃ私に電話を掛けられないんじゃないかと勘繰り始めたのは最近。でも、妙なテンションなのは鬱陶しいのも事実。

コンビニのおにぎりを開けて、ぬるくなったお味噌汁をすすりながら、定時後に届いた客先からのメールを確認する。どこもこれも、年始までにはこの問題を解決しろとか、この回答は明日までに欲しいけど内容精査は年明けだと勝手なことを宣っていた。仕方ないから、一通ずつ目を通して返信していった。
暫く夢中になって返信して、自分の仕事にやっと取り掛かって落ち着いたころ、机の上に出していたスマホが派手に揺れる。尾浜からの着信に気付けるように、バイブを最大出力にしていたのを忘れていた。慌てて通話ボタンを押せば妙に機嫌のいい尾浜と、後ろで騒ぐみんなの声。「社畜に年越しのご挨拶するぞ」っていう鉢屋の声に思わず笑ってしまった。残業がバレている。

それからしばらく、年末をどう過ごすとか、本社の人たちの様子とか尾浜と軽く話していた。多分年内に彼と話すのは最後になるだろう。いつ帰ってくるのかとか、仕事の様子とか、ご飯食べてるのかまで話題が飛んで行ったのは笑ってしまった。まるで母親みたいだと笑いながら言えば、心配だからと本当に優しい声色で言われてしまった。優しいけど、むず痒い。電話の向こうで尾浜が呼ばれる声がしたけど、電話を切る気配がなかなかしない。「来年の四月には本社に戻るから、また飲もう」と約束すれば、呼ばれたから今日は切るけど、絶対に年末にまた連絡するからと優しく少しだけ寂しそうに言われてしまった。

そんな尾浜をからかう時間なんてなくて電話が切れて、また静寂が訪れる。冷めきったお味噌汁と食べかけのおにぎりを寂しさと一緒に飲み込んだ。

ねえ尾浜。別にお酒飲んでる時じゃなくても、電話してきていいんだよ?


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