12月29日



そろそろ利吉は帰ってくるだろうか。私よりも1日仕事納めが遅い利吉を、自分の荷物をまとめながら待っていた。利吉の夕飯はもう作り終わってしまったし、掃除も午前中に終わってしまった。今年の冬休みはお互いに実家に帰ることになっていたから、お正月を迎える準備なんて何一つしていない。自分の他の荷物たちは、こっそり私が借りた一人暮らし用の新居に運び終わっている。
いつもの顔で、おかえりって言えるだろうか。言えなかったら、言わなかったら、どうなっちゃうんだろう。利吉は優しいから、きっと「どうしたの?」って少し困ったような、心配しているような顔でこっちをのぞき込んでくるんだろう。そもそも、私の荷物は明らかに実家に帰るための荷物じゃないって気づくだろうか。

一緒に過ごして何年も過ぎた。同棲しても、そんなに荷物って増えなかったなと私物を整理しながらゆっくり思う。お互い仕事があって忙しくて、そんなに家に時間をかけていられなかったし、お互いに持ち寄ったものがあったから困っていなかったって言うのが本当のところなんだけど。
利吉との始まりを思い出しながら、大きいキャリーケースに荷物を詰めていく。始まりを思い出していたはずなのに、利吉の好きなところを考えていた。優しい笑顔も好き、名前を呼んでくれる声も好き、華奢に見えるのに私より大きい背中が好き、悩んだ時に右手で耳を触る癖も、照れたときに視線を左に逸らす癖も好き。でも、いつからか「好き」だと思い込むようにしていたことは、多分彼にも伝わっている。
別に冷めたわけじゃない。多分これから、一緒に居ようと思えばずっと一緒に居られると思う。それは多くの人が望む幸福で、私にとってはきっとこの上ない幸せであることも分かっている。でも私は、慣れすぎてしまっただけの居場所を求めていたわけじゃなかった。それに気づいたのは、実は数年前だったりする。私は利吉が与えてくれる温かさや愛の言葉に甘えながら、信頼や安心じゃない別の温かさを求めてしまっていた。

私が告別を告げても、きっと彼は少しだけ引き留めて、それから私を見送ってくれる。年を越すために自分の実家に帰るだろうし、休暇が終わればなんのこともなく会社に行くだろう。もともと一人で何とかしていたし、だらしのない性格の人ではなかった。何とかなるだろう、心配は正直していない。それに、利吉はとってもカッコよくて素敵だから、次の恋人だってすぐに見つかるだろう。何にも問題ない。

利吉が帰ってきたときに、おかえりの後は何て言おうか。元気でね?頑張りすぎないでね?たまには実家に帰るんだよ?どれもしっくりこないけど、一番言いたいことは心からのありがとうと、とても幸せだったって言うことと、明日には他人より遠くなる私だけど、ずっと利吉の幸せと笑顔を願っているってこと。

私は、人生の何分の一かの時間を利吉と過ごせて確実に幸せだった。でも私が、慣れすぎてしまった。私はもっと、利吉と恋をしたかった。

玄関ドアがカチャリと軽快な音を立てて開いたのが分かる。きっともうすぐ、利吉はリビングに入ってきて私の大きなキャリーケースと、明らかに帰省するだけの荷物ではないことを指摘するだろう。私は、いつもの顔で、いつもの声で、いつもの姿勢で、いつもの目線で、おかえりって言えるだろうか。言わなかったらどうなるんだろうか。きっと利吉は優しくて大きい手で、肩を抱いて「どうしたの?」って聞いてくれるのに。

利吉、ごめんね。恋は、愛にならなかったみたい。


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