12月30日



”駆け込み乗車はおやめください”

機械音が車両に響く。絶対に私のことを注意するアナウンスだったけど、今それどころじゃない。あとでちゃんと謝るから許してほしい。ちょっと待って、頭混乱してるんだけど。なんでよりによって久々知くんが、今、目の前にいるわけ?

「あ……はは、久しぶり」

今日は大学の課題を数駅先に住んでいる友達の家でやるだけの日だった。バイトもない、どこかに出かけるわけでもない、夕飯にはピザでも頼んでアホな話をしながら、B級サメ映画を楽しむ予定だったんだ。というか、それだけだったのだ。それだけだったが故に、気を許しすぎてしまった。
今日の私をここで俯瞰してみよう。シャツは、まぁ普通だ。カーディガンも羽織っていて別に変なことはない。しわも隠れている。スカートが最悪だ。何この柄。数年前に購入したカーテンみたいな柄。個人的には履きやすくて気に入っているけど、気の許せる友達以外に見せるのは気が引ける。電車の窓ガラスに映った自分を確認すれば、走ったせいで前髪の寝癖が復活しそうだったし、冬なのに額には汗が若干滲んでいるし、辛うじて化粧は多少してはいるけど昨日右ほっぺにできたニキビが少しだけ痛い。本当に最悪のコンディションで出てきてしまった上に、派手な駆け込み乗車までしてしまって本当に最悪だ。なんでこんなことになったんだろう。

「久々知くんもここら辺に住んでるの?奇遇だね、同じ大学に進学したのは知ってたけど学科違うから全然すれ違わないし」

どうでもいいことばかりを喋る私の口を黙らせたかった。本当は車両を変えてしまいたいし、すぐに電車を飛び降りたいくらい恥ずかしい。もう本当に最悪だ。
久々知くんは相変わらずかっこよくて、素敵で、私の目には完璧に映っていた。高校生の時は同じ大学を受験するのもあって、仲が良かった。それに、久々知くんとのキャンパスライフを夢見てめちゃくちゃ頑張ってしまったのも事実だ。。合格した時は二人で喜んだけど、それっきりの関係。現実なんてそんなものだ。だって学科全然違うし。たまに「そういえば久々知くん元気かな」って思う程度で、私の中では遠くなっていった存在だったけど、やっぱり目の前にしてしまうとドキドキしてしまう。

久々知くんも楽しそうに話しかけてくれたのが救いだった。だから余計に、車両を変えるとかそういうことがし辛い。いつもより次の駅が来るのが遅い気がして、いっそのこと友達には悪いけど途中下車して一本遅らせて到着してもいいかと思ったけど「私あと3駅くらい乗るんだー」とか呑気に話してしまったが故に途中下車なんてできやしなかった。馬鹿なのか私は。

「君のこと、たまに大学で見かけるけど楽しそうだから声かけられなくて」
「へっ?!あ、そなの?!」

思わず変な声が出た。ちょっと待って、大学行く時の服装なんて割とテキトーだし、寝坊したらマスクにすっぴんとかよくあるんだけど?!それを久々知くんが見ていた?!今年一番残酷な情報開示されてしまった。どうして今それを言うの。来年からもっとマトモな服を着て登校することを決意する。服も買わなきゃ。あとニキビ治さなきゃ。今日ピザパーティーだから悪化する気しかしない。

「……また、前みたいに話しかけてもいいかな?」
「い、いいに決まってるよ!久々知くんはお友達だから!話しかけてもらえたら嬉しい!」

無駄に大きい声が出てしまった気がして、一瞬きょろきょろしてしまう。ごめんなさい、いや違うんです久々知くんがうれしいこと言ってくれるから悪いんです。私のせいじゃないんです。
そうこうしている間に、私が降りる駅の名前が読み上げられる。時間には間に合った。特大の精神的ダメージは食らったけど。もうすべてピザパーティーで忘れてやる。

「久々知くんとお話しできて楽しかったよ」
「俺も、久しぶりに話せて楽しかった。何も変わってなさそうで安心した」
「えっ」
「来年もよろしくね、良いお年を」
「……よい、おとしを」

少しぼんやりしながら電車を降りる。高校生の時から垢抜けてないってこと?落ち着きがないってこと?もう何でもいいや。

久々知くんからさっきの記憶が消えるくらい、久々知くんのバイトが忙しくなりますように!


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