1月1日



朝6時45分。外の非常階段からうすぼんやりと明るい都会を上から見ていた。馬鹿みたいに大変だったな。夜中の電話で起こされて、大晦日ダイヤの電車に飛び乗って出勤。そのまま今まで障害対応だった。システムエンジニアとして働いているから、障害なんて日常生きてればよくある話だし、発生したらど深夜だろうが休日だろうが対応することなんて今までゴマンとやってきたはずだけど、何故か大晦日の夜ってだけで異様に疲れてしまった。

白い息を吐き出して外にある非常階段の踊り場から下を覗き込む。近所に大きい神社があるおかげか、いつもよりカラフルなコートの人が多い気がした。あ、会社の近所の神社にお守り返しに行って新しいお守りほしいな。近隣に沢山のIT企業が並んでいるからか、その神社では珍しく「ITお守り」なるものが販売されている。別に信心深くはないけど、ITお守りはずっと仕事用の手帳のポッケに忍ばせてある。お守りがあるからこの程度の障害ですんでいるのか、私が信心深くなくてお守りの効力があんまりないのか、よく分かってない。

「落ちるぞ」
「落ちない」

ギィっとあんまりいい音を立てないで、重たい金属製のドアが開く。ふわっとコーヒーの匂いがして振り返ると、今日一緒に戦った尾浜がコンビニコーヒーを2つ、トレーに乗せていた。

「ん」
「マジ?ありがと」
「どーいたしまして」

ふわっと薫るコーヒーの匂いと、朝の都会の匂いを吸い込んで一口すする。体の中を温かいものが通過していくのがよくわかる。

「流石につかれた」
「技術補佐の尾浜さんでも疲れちゃったか」
「その呼び方やめろよ」
「事実じゃん」
「技術長の貴女は慣れてるみたいですけどね」
「……悪かったよ」

同期の尾浜は今年肩書がついた。本人的には望んでなかったみたいだから、今みたいに冗談半分で呼ぶと怒られる。同期だけど、肩書だけ見たら私達は上司と部下だ。妙な制度があるけど、入社時と変わらず仲良くやってくれてる。

「お客さんから、確認完了連絡来たよ。返しといた」
「マジ?!ありがとう!ってことは帰れるじゃん!」
「……そうだな」

2人してコートばかりの群れをぼんやり眺めながら、コーヒーを啜る。

「日の出って何時だっけ?」
「6時50分くらいじゃない?もう出てるかも。ビルで見えないけど」
「……ホントだ、アイツらからLINEめっちゃ来てる」

アイツらっていうのは、尾浜の学生時代からの仲良しさんたちだろう。顔がそっくりな他人同士のふあっふあな髪の人と、睫毛が長い色白の猫毛の人と、精悍な顔つきのボサ髪とは実は会ったことがある。なんでこんな髪ばかりで記憶してるんだろ。尾浜の髪のせいだと思う。

「今日、これからどうすんの?」
「帰って寝る。尾浜は?」
「よかったらさ、神社行かない?お守り返して、新しいやつ欲しいって言ってただろ」
「えっ、覚えてたの?」
「あと、蕎麦食いたい。食い損ねた」
「あ、私も食べてないや」

少し冷めたコーヒーを飲み干す。コンビニコーヒーって深夜対応明けに飲むと何でこんなに美味しく感じるんだろう。

「決まり。ほら、早く行こう」
「え、何。急に元気じゃん」
「お前と正月からデートできるんだから、そりゃね」
「は?」
「ほら。早く」

ギィっと、あんまりいい音を立てないで非常階段のドアを開けられて、先に通してもらう。お返しに、事務所のドアを開けて尾浜を通してあげた。
客先に改めて電話をかけて、謝罪と年始の挨拶を済ませたあとに、PCをシャットダウンして社内の戸締まりを確認する。全部終わってコートを着終わったら急かすように尾浜が私のマフラーを首に巻きつけてきた。尾浜は終始笑顔で、コイツ深夜対応疲れすぎてぶっ壊れたのかな、なんて失礼なことを考えていたけど最後の戸締まりまでしっかりできていたから、そんなことはないんだろう。

会社を出て、暫くは仕事の話をしていたのに無言になってしまった。なんかとんでもないこと言われた気がするなー、と考えながら歩いていたら、行列にぶつかった。二人して鼻先を赤くして、白い息を吐き出しながら、コートの群れに混ざる。

「何お願いするの?」
「お願いじゃないけど「今からコイツに好きっていうから見ててください」って報告するんだよね」
「ん?」
「それから「来年も一緒にいれるように努力します」とか「来年の初日の出はコイツと見たいです」とか」
「は?え、何?急に」
「急じゃねーよ。何年裏で根回ししてたと思ってんの?今年だって、わざと緊急事態対応で被るように設定したんだから。まさか本当に障害対応するとは思ってなかったけど」
「は?え?」

理解が追いつかない。深夜対応があってもなくても、多分理解できない。尾浜の耳の紅さが、寒さのせいなのかそうじゃないのかもわからない。

「あとでさ、ちゃんと言うから」
「……うん」
「決めといて」
「……うん」
「甘酒、帰りに飲も」
「……うん」
「お団子も」
「……蕎麦食べれなくなっちゃうよ」

軽口叩けるのはここまでだった。だって尾浜が妙に近いし、妙に優しい目で私を見ていることに気づいてしまったから。

間違いなく今年一番衝撃的であろう告白を前に「そういえば、うちの会社って社内恋愛多いって木下さんが言ってたな」なんて場違いなことを考える他なかった。


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