◇◇カルマside


初めて体験する浮遊感に、少しの後悔と恐怖が込み上げてくる。だが、この方法で確実に殺せる。助けに来れば救出する間に撃たれて死ぬ。見殺しにすれば、先生としてのあんたは死ぬ!!

っ!?理乃!!?なに、なんであいつ落ちてきて…!!

酷く歪んだ表情の理乃と目が合い、自然と俺の瞳は見開いた。左手をこれでもかというほど伸ばし、伸ばされた理乃の細い指先を手首を掴み、思い切りこちらに引き寄せた。そのまま腰を強く抱き寄せる。

おお、すっげ。走馬灯っぽいの見えてきた―――


― 大丈夫、先輩?

― 3-E…あのE組?大変だねそんな事で因縁つけられて。うん?俺が正しいよ?いじめられてた先輩助けて何が悪いの?ねぇ、理乃ちゃん

― 本当くだらないことする。先輩、きちんと保健室行って怪我の手当してくださいね?すみません、今ハンカチしか持ってませんが使ってください。


― いいや赤羽どう見てもお前が悪い。頭おかしいのかお前!!三年トップの優等生に重症を負わすとは!!

― え、待ってよ先生

― E組なんぞの肩を持って未来有る者を傷つけた。彼の受験に影響が出たら俺の責任になるんだぞ!黒咲も一緒にいたらしいがお前ら揃って何をしているんだ!!

― 味方とか言っといて…そんな事言っちゃうんだ…やばい死ぬ

― お前は成績だけはただしかった。だからいつも庇ってやったが、俺の評価に傷がつくなら話が別だ。黒咲に至っては、成績も特別良いわけじゃない、学校にも来ない!
俺の方から、お前らの転級を申し出たよおめでとう。君達も三年からE組行きだ、何を思ってE組なんぞの肩を持ったか、バカな君達の思考なんてわからないね

― そいつの言葉が耳に入るうちに黒い何かが俺の胸を支配する。俺の中でそいつが死ぬ。分かったから、もういいよ、もう何も聞きたくない。生きていても人は死ぬって、その時知った。そいつの全てに絶望したら…俺にとってのそいつは死んだと同じだ。
証拠に俺の目の前にいるそいつは、骨にしか見えない。ハ、嘲笑じみた笑みを零した時だった。暗くなった視界に光が射す様、凛とした声が俺を包む。

― …分からないと言いましたね。正しいと思ったからです。いいえ、カルマは正しい。確かに暴力でっていうのは違うと思うけど…そんなに三年トップが偉いんですか?勉強がトップなだけで、小学生でも分かるしちゃいけないことをしていた、その未来有る者が正しいと?私にはあんたの思考の方が分からないし、分かりたくもない。
本当どいつもこいつも腐ってる。救いようが無いですね、これからあんたの顔を見なくていいと思うと清々します。転級の申し出、どうもありがとうございました。

― にこりと笑った理乃の表情は俺とは反対に、どこかスッキリとしていて理乃の言葉にきっと俺は救われた。理乃の胸倉を掴み手を振り上げたそいつを見てブチ切れた俺は、そいつをなぎ払いその場の物を全て壊す勢いで暴れた。


やっとの思いで俺が落ち着いたのは、後ろから抱きついてきた理乃と、震える腕のおかげだった。小さくごめんと呟き腕を引いて部屋を出た。きっと俺はこの時から理乃を好きになってたんだと思う。


あいつは勝手に死んだ。殺せんせー、あんたは俺の手で殺してやるよ!さぁ、どっちの「死」を選ぶ!?

背後から聞こえてきた音に、考える暇も与えてくれぬまま何かに体が沈んだ。それがタコの作ったネットだと理解が追いついたのは、俺の上で少し上体を起こし『殺せんせー』と呟いた理乃のおかげだった。


「カルマくん、自らを使った計算ずくの暗殺お見事です。音速で助ければ君達の肉体は耐えられない。かといって、ゆっくり助ければその間に撃たれる。そこで先生ちょっとネバネバしてみました。これでは撃てませんねぇ、ヌルフフフフフフ。…あぁ、ちなみに見捨てるという選択肢は先生には無い。いつでも信じて飛び降りてください」

『…だから……言ったでしょ……』


ぐったりと倒れ込んできた理乃の頭を抱きしめ髪を撫でる。思わず笑みが零れた。こりゃダメだ、死なないし殺せない、少なくとも…先生としては。

俺達を抱え、渚くんの所へと連れ戻される。地に足が着いた瞬間崩れ落ちる理乃を支えて、座り込んだ。


「…カルマくん、平然と無茶したね」

「別にぃ…。今のが考えてた限りじゃ一番殺せると思ったんだけど、り理乃が落ちてきた時は本ト焦った」

『っ〜!このバカッ!バカルマ!!本当に死ぬかと思った!!あんな体験二度と嫌だからねッ!次やったら殺すから!!あぁ、まだ足震えてる。渚慰めて』


四つん這いのまま、渚くんの元へ向かう理乃。離れた温もりに、渚くんに抱きついた理乃に寂しさを感じながらも怒らせたのは自分かと、頭をかいた。


「暫くは大人しくして、計画の練り直しかな」

「おやぁ?もうネタ切れですか?報復用の手入れ道具はまだ沢山ありますよ?君も案外チョロいですねぇ」


あの時の言葉をそっくり返され、殺意が湧いてくる。けどさっきまでとは何か違う。はは、見事に磨かれちまった。でも、ありがとう殺せんせー。


ALICE+