00: 世界が溶けるまで降り止まない酸性雨


全身に感じる生暖かい液体の温度に浸りながら、口端をあげた。曇天の空からはしとしとと雨が降り始め、すぐに大粒の雨が地面に叩きつける。
鼻につく、咽返るような鉄の匂いと雨の匂いが混ざり合い、鼻が完全に麻痺していく。

随分、長い時間が経った気がした。案外そうでもないかもしれない。右腕に感じる重みは水分を吸い込むことによって重みを増していく、重い。
けれど、何故かそれを振り払うことを。払い落とすことは俺はしなかった。腕、疲れてきたな。右肩に顎を乗せ、寄り掛かる小さな身体。年は中学生くらいだろうか。
着ていた真っ白な制服は頭から流れ出た血液のせいで真っ赤に染まっている。体温はなく、呼吸もない。既に息絶えていることは明らか。 綺麗だと誉めた髪の毛も血で汚れている。
雨のおかげで、少しは落ちたが”あの時”のような輝きはない。それを奪ったのは言うまでもなく俺である。 俺の右手には黒い拳銃が握られ、その銃口は先程までこの少女の頭に向けられていた。
更に数秒遡れば、銃口の中に装填された弾丸は少女の頭を貫通し、噴き出した夥しい量の血液、灰色の脳みそ、弾け飛んだ脳奨と毛髪、ぼたぼたと溢れ落ち続ける液体が全身を濡らし、赤い水溜りを作った。



ぼんやりと、空を見上げた。「…………ぱぁん」 
空いた左手で銃の真似事をしてまる。しかし、当然のことながら音がする筈もなく、冷たい鉛玉が頭を貫通することもなかった。小さく息を吐いて、その身体に腕を回した。

この少女との付き合いは結構長かったかな。俺が18で、こいつが15だったから。6年間か、あれ、そんなに長くなった?
けど、こういう結果になってしまったのは仕方ないというしか言えなかった。俺もこいつも、そういう終わり方しか出来ないように決まっていたのだから。



「(………冷たい、死んでるみたい…)」


いや、みたいではない。
既に死んでるのだ。

触れ合う部分にまだ残る温度、雨の冷たさと死体の冷たさに体温が奪われていく。
こういう時なんていうんだっけ。最後の別れをしないといけないんだ、最後の言葉か。こういうのは苦手なんだよな、いつも見送るばかりで似たような言葉になってしまうから。
ごめんね?ありがとう?さようなら?分からないけど、多分きっと。





「もう、終わったから。泣いていいよ」

きっとお前には一番ぴったりな餞の言葉だろう。


あぁ、寒いね。
傘を差そうか。君が濡れないように、もう…何も見ないように。





「     」


世界が溶けるまで降り止まない酸性雨
分かり合える筈がないなんて結果、初めから解っていた
こんな結果も分かっていた。だから、あいつの悲鳴にも似た声がこんなにもはっきり聴こえるんだ

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