01:あの日と同じ雨の音を聞いた


日常的に人が集まる駅前は人で溢れかえっていた。部活終りの学生、買い物帰りの主婦、彼氏と待ち合わせをする女性、何処かから聞こえるストリートミュージシャンの歌声。夕暮れの雑踏は時間を増すごとに大きくなっていく。その雑踏の中、とても目立つ赤毛の青年がいた。
道行く人に声を掛け、片手に持っている写真を見せ、それについて説明する。声を掛けられたものは怪訝な表情し、苦笑いしたり、関わりたくないと言わんばかりの顔で去って行くばかり。

『因幡洋』は溜め息を吐いて、目を伏せた。今日も写真を片手に濃い橙色と暗い紫色、藍色のグラデーションの空の下を歩く。時刻は5時を過ぎた。季節は夏を過ぎ、秋ももうすぐ終わろうとしている。
肌寒い風が露出した手を刺激する。この時期は日が落ちるのも早くなった。辺りは既に薄暗い。もうすぐ夜がくる。


「(今日も、収穫はないか……)」

小さく溜め息を吐いて、片手に持った写真を見つめる。白い何か。それは一体何が映ってるのかは分からない写真だった。
弟がいなくなってもう2年、その間に色々なことがあった。21で前の職場を辞め、あいつを探すために探偵事務所を開いた。初めの頃は何をすべきなのか、どうするべきなのか色々なことに悩び、苦労した。

勿論全てが上手くいったわけではない。やる気が空回ったこともあった。
それでも、人に恵まれたのか今の職業はそれなりに楽しく、順調だと言える。


「(本当に、恵まれてるんだろうな……)」









ぴちょっ

「ん?」

鼻先に当たった冷たい粒。それから直ぐにぽつりぽつり、と雨が降り始めた。突然の雨は勢いを増し、地面を叩きつけるような大粒の雨に変わった。
雨に気付いた者は腕や鞄で雨を防ぎ、走り出し、屋根のある場所へ走る。




「……っ……、どっか…雨宿りできる場所は……っっ!!」

ばしゃばしゃっっ。水溜りを避ける余裕もなく走り続ける。白いシャツは水分を含み、雨粒は痛いくらいに肌を刺激した。靴は既にびしょ濡れで、中で吸った水分は地面を踏むたびに水が滲み出す。気持ち悪いなんて思っている余裕なんてなくて、ただ走り続けることしか出来なかった。

黄色い銀杏の葉が散りばめられる公園入り、やっとのことで雨宿り出来る場所を見つけ、すぐさま逃げ込んだ。公園の中にある休憩所。少し高い場所にあるのか、公園全体を見ることが出来た。
「(………早く止まないかな、)」服を脱ぎ、シャツを絞れば大量の水が零れ出た。
自宅まで後5分ほど掛かる。雨足はどんどん強くなり、ここに寄らずに走ればよかったと後悔する。






相変わらず雨は止まず、雨足が弱まることはない。体温はどんどん下がっていく。
雨宿りを初めてどれくらい経っただろう、10分?20分?携帯は電池が切れてしまったから時間が分からない。公園内に時計があったと思うがここからは見えない。

 コツッ
高いヒールのような音が雨に混じってした気がした。近い場所ではないが、公園の外くらいの距離だと思う。
この大降りの雨の中でヒール?とも思ったけど、今時の女の子なら履いてて普通だ。特に気にすることもない。








ただ、雨の音が変わったことに気が付いたのは数分経ってからだ。




くるくる回る紅い番傘、水溜りに自ら飛び込むように倒れこむ男
黒のヒールと細い足首に揺れるグレーのコート、ぐったりと倒れたまま動かない男
白く薄い雨のカーテンが外側にいる人物の姿を隠す、なのに地に伏した男の輪郭ははっきり見えた




「     」


男と眼が合った、空ろな目だった。
傘を差す人物がゆっくりと振り向き、世界が暗転する

真っ暗闇に落ちていく感覚と冷え切った身体とは反対に内側には焼き付くように痛い
あぁ、俺はこの記憶を知っている



あの日と同じ雨の音を聞いた
始まりは遠く、お前の顔さえ思い出せない

- 2 -
←前 次→
ALICE+