◎最後の雫


プールに誰か入ってきた音がする。
部活が終わる時間にはまだ早い気がするけど、走って入ってくるのは真波くんくらいだろう。そしてサボってここにくるのも。
でも今日はかまってあげるような気分じゃないんだ。ごめんね。
このままそっとしておいて。
後ろでドボンと鈍い音がする。真波くん飛び込んで来たのか。
そのまま音が近づいてくるが無視をする。

「名前!!」

腕を引き上げられ水面に出てくると抱きしめられた。
今の声って、

「東堂、先輩?」

どうしたんですか?
だって先輩昨日倒れて、新開先輩が保健室連れてって、それで、それで。
どうして私の名前を呼びながら泣いているのですか?

「すまない、本当にすまなかった。」

先輩は何に謝っているのですか?
先輩は何もしていないじゃないですか。
したのはむしろ私の方で…。
謝りたいことはたくさんあるのに。私は謝ることすらできない。

「あの時不安にさせてすまなかった。」
「……え?」
「お前が大会前で不安だったのにオレが不甲斐ないばかりにお前にとんでもないことをさせてしまった。本当にすまなかった。」
「先輩?」
「その上オレはこんなにも苦しんでいるお前を1人にしてしまった。謝って許されることではないことは分かっている。だが、言わせてくれないか。」

少し距離を開けて先輩は私と目を合わせる。
あぁ、この目は私が大好きな先輩の目だ。

「こんな愚かな王子を許してくれるか?」

真面目に言っているのがおかしくて思わず笑ってしまった。最初に言ったのは確かに私だけど、自分のこと王子って。

「な、何かおかしかったか?!」

あたふたと焦りだす先輩にぎゅっと抱きつくとぴたりと動きを止めた。

「お帰りなさい、尽八先輩。」



しおりを挟む