◎三雫目


「今日は新開先輩ですか。」
「なんだ、残念か?」
「ごめんなさい。そういわけではないんです。
こんばんは、新開先輩。」
「こんばんは、名前ちゃん。」

昨日も荒北先輩がいらっしゃったので。2日続けて誰かが来るのは珍しいなぁと。
スーッと先輩に近づくと重たそうなコンビニ袋を上げてニコリと笑った。
お菓子だ!
プールサイドで足を水に浸けたまま座ると先輩も習って隣に座った。

「ユニフォーム濡れちゃいますよ?」
「どうせ汗で濡れてるから一緒だよ。それにこれからシャワー浴びるしな。」

ガサガサとコンビニ袋を漁り、私にアイスを差し出す。
チョコのやつだ!
いただきますと言って食べると口の中に広がるとろけるような甘さ。やっぱり水に入った後の甘味は格別だな。
水に入ると思った以上に疲れるからね。

「おめさんウサギみたいだな。」
「どのへんがですか。」

一生懸命食べてるところ。そう言って先輩は頭を撫でてくる。
む、子供扱い……いや、小動物扱いですか。
先輩はウサギ飼ってるからってウサギびいきですよ。誰でも食べるのには一生懸命です。

「それに私は魚らしいですから。」
「人魚だろ。おめさん知らなかったんだってな。けっこう有名になってるぜ?」
「荒北先輩に教えてもらうまで知りませんでした。」

小動物ではなく魚類のようです、と言うと笑われた。

「それだけ泳ぐ姿が美しかったんだよ。」
「その人眼科行くべきです。」
「えーオレも名前ちゃんが泳ぐ姿はきれいだと思うよ。なんて言うか、優雅って感じ。」

私は好きなように泳いでるだけだからそんなこと言われるなんて。フォームなんてあったもんじゃないし。優雅なんてとんでもない。

「でも時々、潜ったらそのままどこかへ行っちゃうんじゃないかって思うよ。」

ギュッと腕を掴まれる。
そんな真剣な目をして言われても私はどこにもいきませんよ。

「いや、どこにも行けないんです。
私はこの思い出の海に飲まれてしまったのですから。」

パシャリと足で水を跳ね上げる。
私はこの海にずっと浸かっていたいのです。
きっと自分の意志でここから出て行くことはないでしょう。

「なら、誰かが引き上げればおめさんはここを出るのか?」

先輩はグイッと腕を自分の方へ寄せる。
荒北先輩もそうですけど先輩もそんな顔しないでください。

「いいえ、引き上げられるのは王子様だけですよ。」

だから私はこのままなのです。



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