◎五雫目


「せーんぱーい!」

ザッバーン!!
声がした方を向くと大きな水しぶきが立ち、中から青色が覗く。

「こんばんは、真波君。」
「こんばんはー名前先輩。」

えへへと笑うこの後輩はふらりと来たかと思うとプールに飛び込んでくる。
そのユニフォームはビショビショになっても良いものなのだろうか。

「今日は何しに来たの?」
「そろそろ暑くなってきたので涼みに来たんですけどプールはまだ生ぬるいんですねー。残念。」
「まだ6月だからね。それに君は何もなくても飛び込んでくるじゃない。」

まぁそうですね、とへらりと笑う真波君。
本当にこの子は掴めない。
週に何回も来る時もあれば2週間ぱったり来ない時もある。本当に分からない。荒北先輩いわく不思議チャン。
そんな私の気も知らず真波君はスイスイと泳ぐ。
話さないのなら私も好きなように泳ごう。時間はもう少しある。
水の中に潜ると外の音はミュートされて水の音しか聞こえなくなる。それが私は好き。
時間を忘れて潜っていると外で呼ぶ声かくぐもって聞こえる。
水面に上がると真波君はプールサイドに上がっていた。

「びっくりしたー。先輩上がってこないから死んじゃったのかと思いました。」
「そう思うなら助けてほしいな。」
「もうそろそろ帰らないといけない時間ですよー。」

私の話は無視ですか。
時計を見るとうん、家に帰らないと。
ザバリと上がり体を拭く。

「先輩はほんとに人魚みたいですね。」

あれ、真波君まだいたの?てっきり帰ったと思ってた。
みんな言うけどそんなに人魚に見えるかな?
私の中の人魚は金髪美女のナイスバディのお姉さんなんだけど。
私は似ても似つかない。

「オレが助けなかったのは先輩が人魚だから、助けなくても水の中で息ができるんじゃないかなと思ったからなんだよ。」
「私はただの人間だよ。」
「そんなことないですよ。だって先輩は今にも泡になって消えそうなんだもん。」

そう言ってギュッと抱きついてくる。
そんなことを言ったら真波君だって天使だよ。今にも飛び立って天に帰ってしまいそう。
子供のように肩口にぐりぐりと頭を押しつけてくる姿が可愛くてあやすように背中を叩く。

「子供扱い…。」
「可愛い後輩ですから。」

顔は見えないけど拗ねているらしい。本当に可愛い後輩だ。

「真波!」

突然響く声。
呼ばれた本人はあ、東堂さーんと呑気に返す。
入り口とは逆を向いていたから声で先輩だとは分かったけど足音的になんか怒ってる?ドスドスいってる。
首を傾げているとベリッと真波君からはがされる。

「お前らこんなところで何をしているんだ!」
「先輩が消えてしまいそうだったんで捕まえてましたー。」
「右に同じくです。」

どうやら先輩には理解できなかったらしい。
本当のことなんですよ?
彼は自由だからどこかへ飛んでいってしまいそうなんです。

「……お前らは、付き合ってるのか?」

なんでそんな泣きそうな顔してるんですか?
疑問に疑問で返しそうになる。

「だったら先輩はどうするんですかー?」

こら真波君。話をややこしくしないでくれるかな。
ほら先輩驚いてるから。
頭を叩くとごめんなさーいとへらりと笑う。
先輩に謝ろうと前を向くと、先輩は固まっていた。

「東堂先輩?」
「……え、あぁ、すまないそれならいいんだ君が真波に襲われているのではないかと思ったんだそれでは邪魔者は失礼するとしようさらばだ!」

ハッと我に帰った先輩は早口でまくし立て、走り去ってしまった。
残された私達は呆気に取られ何も言えず先輩を見送った。

「………えーっと、なんかごめんなさい。」
「いや、真波君が悪いんじゃないよ。」

いったいなんなのだ。不思議な先輩だな…。



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