02


 番組収録の合間、アンケートを書く。この時間帯の楽屋はメンバーそれぞれが自由な過ごし方をしている。

「昨日はわかちゅきとずっと夜電話してて、あんまり眠れなかったんだよねぇ。えへへ」

 玲香が持つボールペンがするすると紙の上を滑っていく。

「そろそろ切ろうかって言うとね、もうちょっといいよって言ってくれて!」

 佑美のことが大好きな玲香は、昨夜の電話のお陰でひどく上機嫌になっている。一緒に住んでいるわけではないけれど、連日のように佑美の家に泊まりに行っているらしい。

「あのさ、玲香。ちょっと相談したいことがあるんだけど……」
「え? 相談? 珍しいね、#name2#が相談なんて」

 そうだね、と言いかけて、#name2#は口をつぐんだ。アンケート用紙をさっさと脇に寄せ、身体の向きを変えて聞く体勢に入った玲香の瞳はキラキラしている。

 加入当初は気が弱かったせいでほぼ七瀬としか話せず、それから時間が経って他のメンバーとも仲良くなったけれど、#name2#が玲香に相談事を持ちかけるのは初めてになる。#name2#は生来の引っ込み思案が作用して悩みがあっても易々と人に打ち明けることができない。玲香や年上のメンバーからは「何かあれば何でも言え」と言い含められてはいるけれど、素直にそれに従って話せるほど#name2#の性格は変わっていない。

「キャプテンとしてメンバーの相談にはしっかり向き合っていきたいと思ってるから!」

 #name2#の肩をがっしり掴みながら、玲香はまっすぐにそう言った。玲香は以前から#name2#とゆっくり話がしたいと雑誌の取材などで公言している。

「七瀬のことなんだけど……」

 #name2#はアンケート用紙に意味のない立体の落書きをしながら、おずおずと悩みを打ち明ける。

「最近ちょっと、#name3#に構い過ぎかなっていうか、何か、そんな感じがして……」
「構い過ぎってどういうこと?」

 #name2#は掻い摘んで七瀬の言動を話す。

「んー、でもそれって結構前からそうじゃなかった?」

 腕を組んだ玲香が難しい顔をする。

「なぁちゃんには言ったの? ライン勝手に返すのとかやめて欲しいって」
「軽い感じで言うことはあるけど、しっかりとは言わないかも。前に一回強めに言ったらスマホ壊されちゃったことあるから……」
「え、何それ。なぁちゃんそんなことするの? 信じられないよ」

 眉を下げて顔を歪める玲香の頬で、二つのホクロが妙に目立つ。顔にあるホクロがこんなに色っぽいのはなぜだろうかと、#name2#は場違いなことをふと思った。

「なぁちゃんがどう思ってるかは別にして、#name2#が悩んでる現実は見逃せないと思う」

 玲香の表情が優しくなる。#name2#の心がすっと軽くなる感覚がした。

「私も最近全然二人と遊んでないし、これは問題だよ」

 #name2#はできるだけいつも通りを意識して、しかし期待のこもった声で言った。

「何か考えがあるの?」

 上目で玲香を見上げた。

「ある! #name2#もなぁちゃんも、最初の頃よりは他のメンバーと仲良くなったと思うけど、やっぱりちょっとまだ距離があるんだよね。だからもっと積極的に絡んでいかないと! まずは私からね!」

 #name2#は熱弁する玲香に相槌を打ちながら、この作戦を実行した場合の七瀬について考える。

「二人って一緒に暮らしてるんだよね? 一回遊びに行ってみたかったの。近いうちに泊まりに行くから、よろしくね」

 #name2#は二人だけの家に玲香がいるところを想像してみる。キッチンに、ダイニングに、リビングに、頭の中の玲香はぼやけた輪郭で浮かんでいる。ゆらゆらとした影のようなもの。玲香なのかどうかも分からないほどハッキリとしない。

「三人で映画でも見て、夜は一緒に寝ようね」

 申し訳ないけれど、玲香が寝室にいる姿だけはどう頑張っても想像できなかった。

「そうだ! #name2#もわかちゅの家に泊まりに来ればいいよ。私たちはいつでも大歓迎だよ」

 #name2#は曖昧に笑って頷いた。

「ありがとう、玲香。あの――」
「あっ、わかちゅきー! こっちだよー!」

 #name2#が続けようとした時、玲香が突然椅子から立ち上がった。

「取材終わったの? 眠かったのによく頑張ったねー!」

 手招きされた佑美は、ちらりと#name2#のことを気にしながらも、玲香の手を取って「テンション高いよ」と苦笑うような声を出した。

 言いかけた言葉が、すとんと腹の底まで落ちていく。

「今#name2#のお悩み相談受けてたんだよ。今度#name2#の家にお泊りに行くんだ」
「へぇー。いいな。私も行きたい」

 佑美が玲香の対面に腰を下ろした。#name2#は二人の会話を耳だけで手繰り寄せながら、アンケートの空白を徐々に埋めていく。

 もうすぐ収録が始まりそうだ。早めに行って段取りを再確認しておこうと思った。

「玲香、本当にありがとう。今度誘うね」

 書き終わったアンケート用紙を手に席を立つ#name2#に、玲香は眩しい笑顔を返すと、すぐに佑美との雑談に戻っていった。ドアに向かって歩きながら、二人の会話を手繰り寄せ続ける。二人はもうすぐ出演する舞台の話をしていた。

 ペラペラなはずのアンケート用紙が、なぜだかずしりと重い。

 勇気を出して相談してみた悩み事は、玲香の言うような解決策では解決しないような気がした。

 あの部屋に他の人間が入ることなど考えられない。七瀬はきっとそう言うだろう。

 #name2#は一人、廊下を歩く。こんな時でもないと、一人ではいられない。

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