甘い誘惑
明け方6時過ぎ、喉の渇きで目が覚めた。リビングに行って冷たい水でも飲みたいところだが俺の身体全体を覆い尽くす甘い存在がそれを許さない。いや、解こうと思えばそうできるのだがすぅすぅと心地よさそうに眠っている顔を見ると、腹部辺りに纏わりつく腕を振り払うことなどできない。悔しいが振り払おうとも思えない。
「………くそっ」
蚊の鳴くような声で悪態を吐く。数時間前まで愛を深めていたのにも関わらず収まらないこの情欲にも苛ついていた。視界に入る白い四肢は今や目に毒だ。
そんなことを考えながら悶々としていると、俺を悩ませている対象が少し身じろいだ。
「んんんぅ………
ちゅーや……」
寝言なのか自分の名前を呼ぶ舌ったらずな声に更に喉の渇きを覚えながら耐えた。今にでも叩き起こしてそのまま組み敷いて滅茶苦茶にしてやりたいという思いが募るばかりだがこゆきは怒ると結構面倒くさい。無理矢理夜這いなんてしようものなら1週間は変態呼ばわりで同等に扱ってもくれない。
「んんん……んー…?
中也……起きたの…?」
くぐもった声からはっきりした声に変わり、普段は大きな目を薄っすらと開けまだ覚醒はしていないのだろう、眠そうに此方を見上げた。
「さっきな、手前は寝とけ」
「んー……」
こゆきの頭をくしゃっと撫でながらヘッドボードに背中を預け起き上がる。サイドテーブルに置いてある煙草から1本取り出し火をつけ、こゆきに煙が行かないよう天井を向きながら右手でこゆきの髪を弄ばせ左手で煙草を吸う。くすぐったそうに擦り寄ってくる此奴がまた愛らしい。
「私ね、中也の煙草吸ってるところ好きだよ」
「……そうかよ」
不意を突かれ目線を天井にしたまま短く返す。
見上げる体勢になってるせいか、上目遣いで此方を見るこゆきの顔はきっと純粋無垢な少女のそれだ。分かっているからこそ直視出来ないでいる。
「ここから見る中也はなかなか男前だよ」
間延びしたような声で戯けたようにへなへな笑いながらこゆきは完全に起きたのか「まぁいつも格好良いけどね」と付け足し、腹部に回されている腕を強めた。
いつもそうだ、こゆきは自分の思っていること感じていることをとても率直に言う。
「それ言ってて自分で恥ずかしくねェのかよ…」
「え?大好きな人に格好良いって言うのって恥ずかしいこと?」
「手前みてェに言える方が少ないと思うがな」
「そうかなあ?
でも中也は恥ずかしがり屋さんだよね」
煙草をサイドテーブルにある灰皿に押し付け、右手でぽんぽんとこゆきの頭を撫で続ける。
目線だけをこゆきに向けながら少し猫っ毛な髪を指でくるくると弄ぶ。
「こゆきが素直すぎるだけだろ」
「私は中也といてとっても幸せだから、少しでも伝わって欲しくて」
自分の頭の上にある俺の手を白く華奢な手で包みながらこゆきは「私の彼氏は照れ屋さんのくせに心配性だからね〜」と困ったように笑いながら続ける。途端にゾワリとした何かが全身を巡った。こゆきに包まれてる手と違う方で自分の頭をガシガシと掻き俯く。
「……あ〜〜〜っっ!!!煽ってんのか!?なんなんだよっ!!この無自覚の馬鹿正直!!!」
「ひゃっちょっ…中也!?急にどうしたの!?」
言うが早いか俺の上に重ねられた白い手の手首を片手で掴み組み敷くとこゆきの顔を覗き込んだ。力が入りそうになる手に意識しながら弱める。未だにきょとんとした顔のこゆきに少し苛立ちながらも脈打つ体を抑えれそうにもない。
「中也……?」
不安そうに俺の名前を呼ぶ声に代わりに唇を塞ぐ。浅いものから深いものへと変わり苦しそうに顔を歪めるこゆきをお構いなしにお互いの酸素を交換するかの如く続ける。
ーーーー甘く優しい君にお仕置きを
「俺は愛情表現は態度で示すもんでね」
「んんもーっ!変態マフィア!」
朝が来るまで後少し。