手入れ部屋から戻ってきた薬研に聞いたところ、あの水色の髪の刀は一期一振様だったらしい。つまり薬研のお兄様だった。
そうか、だから周りの子たちも似たような服装だったのかと今更思いながら、二人に弟様たちを手入れ部屋に運ぶようにお願いし、次はあの睨み付けてくる刀剣たちの所に向かう。

すると長髪の刀が一人、敵意剥き出しで刀を抜いて構えてきた。初日にも私を追い払おうと睨んできた刀だ。
当然と言えば当然だろうけれど、目の前で岩融様の手入れを見ていたのにまだここまで警戒するか。



「…それ以上近づくんじゃねぇ」


『申し訳ありませんが、それは出来兼ねます』


「何故だ?」


『このまま放置すれば、貴方たちが消えてしまいますから』


「は…、偽善者ぶりやがって」



この刀はとことん私が嫌いらしい。無理も無いか、瞳に映る真っ暗な闇は彼の人間不信を象徴しているようだ。
でも、そんな闇の中にも一つだけ光があるのはわかっている。



『私の行動、言動はどう捉えようと構いません。けれど、ご自分の心と貴方のお仲間だけは最後まで信じてあげてください』


「はあ?」



何を言ってるんだ?という訝しげな顔で睨まれた。他の刀剣男士も同様に、睨んだり首を傾げたりと様々な反応をする。
育ちが普通なら竦み上がっているのだろうけれど、生憎と私は睨まれたくらいで怖いとは思わない。



『まだ、付喪神として生きたいのでしょう?』


「!!」



彼らが人型でいるのが何よりの証拠だ。顕現されたからといって刀の姿に戻れないわけでは無い。人間が嫌いなら、刀に戻って眠れば良いだけなのだ。

なのに揃いも揃って人型のまま今まで過ごしてきたのは、人間不信に陥りながらも刀として扱われたいという希望が心の中にあったからに他ならない。



『私のことは信じなくても、主として認めなくても良いです。ほんの少し触れて、貴方たちを治すだけです』


「治して…その後はどうするつもりだ?俺たちは刀だが、今は心ある付喪神だ。人間の勝手で呼び出され、歴史を変えさせねぇ為だと戦わされる。それが俺たちにとってどんだけ辛ぇことかもわからずに人間はッ!」



刀を握る手を震わせ、叫ぶように言う彼は涙は無くとも泣いているようだ。
彼の言うように、歴史を変えないという使命は刀にとっては残酷なもの。本来遣えていた主の死をそのまま見過ごせと言われているのだから、辛くないわけが無い。

でも、歴史を変えてしまえば彼らの主が遺した時間が…″今″が無くなってしまう。それをわかっているから、彼らは歴史修正主義者側に寝返ることをしないのだ。

優しくて、暖かい心を持つ彼らを見殺しにはしない。



『貴方の仰る通り、人間の勝手で都合よく扱われるのはさぞお辛いことでしょう。だから戦わなくて良いです』


「あ?」


『刀剣男士だけが戦わなければいけないなんて規則はありませんし、戦いたくないのなら無理強いしません。代わりに私が戦えば良いだけですから』


「はあッ!!?」



顎が外れるんじゃないかってくらい大口を開けて驚くその刀。更にその後ろでも同じ動揺が広がっていく。



「……貴女は、戦うことを生き甲斐とするのですか?」



雪のような儚げな印象の男性が前に出て問いかけてきた。一緒に桃色髪の人と小さくて青髪の男の子も。
兄弟だろうか?揃って袈裟掛けのような着物を着ている。



『生き甲斐…では無いです』


「?…″戦うことは生きること″だと聞いていたので、そうだと思ったのですが…?」



ああ、その話もしてたのか。それに加えて″私が戦う″って発言もしたからそう捉えられてしまったのだろう。



『戦わなくて済むなら、私も戦いたくないです』


「なのに…貴女は戦うと?」


『戦うことで私の大事なものが守れるなら…、血に染まる覚悟だって出来てます。戦った後…、大事なものと平和な時が過ごせるのなら、私は戦います』


「…………」


「その為に貴女は、僕ら刀剣男士を侍らせたいとお思いですか?」



今度は桃色の男性だ。この刀もはだけている着物から見える肌は傷だらけで、顔色も元々白いのだろうけど病的に青白い。



『いいえ。先程も申しましたように、戦いたくないと言う刀剣男士を出陣させるつもりはありません。主従契約も貴方たちの意思に委ねます。だって、貴方たちは付喪神として顕現していて…、ただ使われるだけの刀ではないのですから』


「…………」


『審神者の霊力が無ければ顕現出来ないのは辛いかもしれませんが、私は貴方たちには自由に過ごしてほしいと思います』


「!」



泣きそうな表情になってその人が俯くと、最後の男の子が私の前まで来て暗い瞳で見上げてきた。



「貴女には…復讐したい相手はいる?」



これまた暗い話題を振られてしまった。この三人の過去がそうなのだろうか?刀剣男士にも色んな性格がいるのだろうけど、薬研たちと比べると極端に暗い。

と、それは良いとして復讐か。
目線を合わせる為に彼の前に膝をつくと、その子は警戒したのか少しだけ後ずさってしまった。



『怒りを覚える相手ならいます』


「………そう…」


『でも、復讐したいとは思いません』


「…、どうして?」


『復讐したって…苦しいだけですから』


「…苦しい…?」


『復讐って、自分の身に受けたことを相手にやり返すということでしょう?復讐が達成されて残るものは、その相手を想う人たちによる憎しみ…。復讐の連鎖だけです』


「……復讐が…復讐を生む…。貴女は…わかっているんだね…」


『復讐したことは無いので、憶測ですが』



望む答えは出してあげられただろうか?私が立ち上がるとその三人は一度顔を見合わせ、最初に話しかけてきた雪のような人が再び私を見詰めてくる。



江「…申し遅れました。私は江雪左文字と申します。こちらは私の弟たちです」


宗「宗三左文字といいます」


小夜「僕は小夜左文字…」


江「試すような声を掛けてしまい、申し訳ありません。私たちも貴女の手入れを受けさせて頂いても宜しいでしょうか?」


「なっ!江雪!?」


江「私が求めるのは和睦の道…。前任には…それとは程遠い道しか与えられなかった…。貴女の元でその道が開けるのなら…、是非ともお力添えをさせて頂きたいと思うのです」



物静かな刀だ。傷つけることが嫌いな刀がいることが驚きだけれど、殺気立ってる刀ばかりよりはかなり良い。

暗い兄弟だとか思っていたけれど、戦いが辛いことを知っているから苦い表情を浮かべているだけで、本当は穏やかな刀たちなんだ。



『貴方たちの意に添えるよう、私も頑張ります。手入れ部屋に向かっていて頂けますか?』


江「わかりました。よろしくお願い致します…」



 

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