審神者は部屋を一つ一つ確認していた。その度に憂鬱そうに溜め息を吐くのが後ろ姿からも窺える。何かを探しているのか、それとも本当に掃除をするつもりで汚れを見ているのかは知らないが、よくこの広い本丸全部屋を見回れるなとある意味感心した。見ていくだけでも疲れるだろうに。
そうして奥へ奥へと進んでいく審神者が次に辿り着いたのは…
薬「…っ」
前任が使っていた部屋だ。思い出したくも無い、地獄の部屋。鶴丸の旦那からも、その部屋の前に立つ審神者を見て緊張しているような気配がする。て、そんなに気を立てていたらバレちまうぞ。
審神者も部屋から何かを感じているのか、今までの部屋とは違い開けるのを躊躇っているようだ。
この部屋を見て、審神者はどんな反応をするのか興味があった。もし前任と同じ類いなら、部屋に散らばる物を見て前任と同じ顔をするだろう。
だが、さっき挨拶に来た時の様子からすると、ただ無関心に部屋を眺めて次に行くような気もする。
どちらの反応をするのかと観察していると、漸く覚悟を決めたのか、審神者は深呼吸をしてゆっくりと襖に手を掛け、音も立てずにそっと開けた。
だんだんと明るみに出てくるその部屋は当時のまま。此方にまで嫌な空気が漂ってくるのがわかり、思わず顔を伏せた。
その時だった。
『っ、ぅぇ…こほっ…げほけほッ』
審神者が突然咳き込み始めた。埃でも吸ったか?そう思って眺めるも、どうも様子がおかしい。口を押さえて踞り、必死に吐き気を堪えようとする様子には覚えがあった。
前田が折られ、再び鍛刀されて審神者の部屋に呼ばれた直後、同じ現象が起きたのだ。嫌な記憶が脳内を埋め尽くしたのだとあの時の前田は言っていたが…
『げほ、げほっゲホ…はッ』
薬「っ!」
苦しむ審神者の背中と当時の前田が被って見え、気がついた時には飛び出して審神者の元に向かっていた。
薬「おいっ、大丈夫か!?」
『っ!』
まさか刀剣が現れると思わなかったのか、いきなり声をかけたからか、驚いた審神者が距離をとろうとするも余計に咳が酷くなる。
涙目で呼吸もままならない。本格的にヤバそうだ。
背を擦ればいくらかマシになるだろうかと近づこうとしたら、俺の肩を誰かが掴んだ。
鶴「薬研、危険だ」
同じく見張りをしていた鶴丸の旦那だった。
旦那は未だに審神者を見定めようと鋭い視線を寄越している。
鶴「近づいた瞬間に何をするかもわからない。この咳だって演技かもしれないぞ」
旦那の言いたいことはわかる。こうして油断させておいて最後には裏切られる。前任がそうだったからだ。
しかし…
薬「もしそうなら相当な役者だ。でも旦那、こりゃ演技じゃねぇよ」
鶴「何?」
腹を抱え、自力で抑えようとしている審神者を見る。身体も小刻みに震え、額にうっすらと脂汗も浮かんでいて…これが演技だとしたらかなり芸達者な奴だと感心するが、俺っちの中で何かが違うと訴えていた。
このまま放置してはいけないと。
旦那の制止も聞かず審神者に近づいて背を擦ると、審神者はゆっくりと首をもたげて俺っちを見た。
『は…っ、けほっ……なん…っ?』
薬「良いから」
涙目で俺の姿もちゃんと見えていないらしい。何故こんなことをするのかと言いたげだ。
俺だってわからねぇ。でも、放っておけなかったんだ。