その様子を見ていた鶴丸の旦那も演技では無いと悟ったらしい(遅ぇよ)。原因である審神者の部屋を睨んで襖を閉め、審神者の視界から遮るように立った。
そうして暫くするとやっと落ち着いたらしく、審神者は俺っちと旦那に「ありがとうございます」とお礼を言ってきた。
相変わらずの無表情だったが、こんなに真っ直ぐなお礼を言われたのは初めてで戸惑った。同時にこの審神者は前任と違うのだと確信した。
旦那も「優しい」と言われて、それこそ鶴のように顔を真っ赤に染めていた。
『…………』
立ち上がった審神者は、今は閉まっている前任の部屋を眺めている。何を思っているのだろう?
今の様子からして同じ目に合わせようという気は無いのだろうが、それなら抱く感情は…?
俺たちが哀れだとでも思っているのだろうか?
鶴「同情はいらねぇぜ。そんな感情向けられるだけ迷惑ってもんだ」
旦那も同じことを思っていたらしい。やはりそうなのかと思って視線を逸らすと…
『同情なんてしません』
鶴「…は?」
『辛かっただろうとは思いますけど、同情されるだけ迷惑なのは私にだって理解できます』
淡々と旦那の言葉を否定した審神者に呆然とする。
俺たちが思っている以上に、この審神者は前任どころか今まで出会ってきた人間の誰とも違う。
鶴「なら、さっさと出ていってもらおうか。俺たちは審神者に心を許す気なんてさらさら無いんでな」
『それは無理です』
薬「何故だ?政府の命令だからか?」
純粋な疑問だった。俺たちに何をするでも無く、哀れだという感情を抱くでも無い。なら何故ここに留まる?
『命令…もありますけど、理由は貴方と同じです』
薬「?」
『目の前で苦しんでいる貴方たちを放っておくことはできません』
薬「っ!」
…何も言えねぇ。
俺だって何で助けたかなんて言われても理由なんて無い。強いていうならやはり、目の前で苦しんでいたからと言う他無い。
『それに、私事ですが少しばかり政府に怒りが沸きました』
鶴「は?」
政府に怒り?
何のことだと旦那と一度顔を見合わせ、再び審神者を見ると…
『…上等。壊れてやるものか』
薬「!?」
鶴「お、おい?」
ここにはいない、政府の人間に向けた言葉が耳に届いて俺っちも旦那も驚いた。顔は変わらず無表情だというのに、その瞳には強い光が宿っている。それは怒っているというよりも、勝負に挑むような戦う者の瞳。
ゾクリと背筋が粟立った。でも恐ろしいという感情ではない。寧ろこの一瞬で、この審神者ならと期待を抱いてしまった。
そんな俺っちと呆ける旦那を他所に、審神者は服から何かを取り出しながら言う。
『あ。私、今日から離れで生活しますので』
鶴「は…?」
『ご用の際はそちらに来てください。それから…』
出てきたのは真新しい打粉だった。ぽんぽんと俺たちの顔に数回当てて、仕舞う頃に漸く我に返った旦那がまた顔を赤くして手を頬に当てる。乙女か。
鶴「な、にを…!」
『僅かばかりですけど、お礼です』
薬「!傷が……」
俺っちは出陣で、旦那は夜の営みで受けた傷が跡形もなく消えている。資源も使わず打粉と霊力だけで…しかも本体である刀には一切触れずにここまでの手入れが出来るなんて、相当な実力者でないと出来ないことだ。
『それじゃ』
薬「あ…」
傷のあった場所を確かめている内に審神者は頭を下げて去っていった。あんなにも警戒していたというのに、お礼だと言って手入れまでされてしまうとは。
鶴「…こりゃあ驚いた。まさかここまでの力があるとは」
鶴丸の旦那も驚くほどの実力。さっきまで警戒していた俺たちに、あっさりと背を向けて去るとは…。実力あってのことなのだろうが、そう簡単に出来ることでは無い。
ふと旦那を見ると放心状態から一転。口角を上げ、まるで玩具でも与えられた子供のような表情で笑っていた。
薬「どうするよ、旦那?」
わかりやすすぎるそれに呆れつつも聞いてみる。
鶴「どうもこうも、あの子を見張るぞ!」
薬「へいへい」
こうなったら誰にも止められない。仕方ないと思いつつも、俺っちもあの審神者には期待している。
旦那と一緒に観察させてもらうとするか。
精々俺たちをがっかりさせないでくれよ?
『……出陣するか』
…不穏な言葉が聞こえた気がする。
聞こえなかったことにしよう。