雑用係は見た!
今日はすこし遅く起きてしまった。
昨日、夜更かしをしたせいか、むっくりと布団から体を起こした頃には太陽は真上で輝いていた。
一瞬、朝礼!!と青ざめたけれど今日のシフトは休みだったはずだと思い出し、伊智子は安心してのびをした。
ていうか、朝礼のベルが鳴ったはずなのに起きられなかったなんて、一体どれだけ熟睡したんだろう…。
ふらふらと洗面台の前まで歩き、寝ぼけ眼で歯を磨こうとすると、歯磨き粉がなくなりかけていた。
「…あ。そういえば、歯磨き粉買わなくちゃいけなかったんだった…」
そういえば、数日前から新しいものを買おうと思っていたのを思い出した。
「うーん、でももうちょっと頑張ればあと3日くらいもちそうだし…」
先っぽから出口まで、ゆっくりひねると歯を磨くのには十分な量がでてきた。
思ったよりも中に入ってるものなのかもしれない…と、伊智子はなんとなく安心した。
しかし、その後顔を洗おうと洗顔を手にとった時、伊智子はふたたび顔をゆがめる。
「洗顔フォーム!おまえもか…!」
歯磨き粉に続いて、顔を洗うこいつまでなくなりかけているじゃないか。
ほぼ死にかけのチューブに空気をいれて、さかさまにして振りまくり、なんとかしぼりだした小豆大のものでなんとかしのぐ。
「…こんなちょびっとじゃ意味なさそー…」
申し訳程度の泡で洗顔を済ませたけれど、なんだか無駄に疲れた。
タオルで顔を拭きながら、はあ、と一息。
そのまま化粧水をつけようとボトルを持ち上げたときだった。
「こ、これもなくなってる!」
本来であれば水分の重みを感じるところだが、軽すぎてびっくりした。
化粧水ボトルの中身はまったくの空である。どんなに逆さにしても、振り回しても、一滴も落ちてこない。
伊智子はなくなりかけのものたちを順番に見て、次に時計を見た。
そして決心する。
「……仕方ない。買い物に行こう」
うん、そうしよう。
今日は休日だし、とりあえずゆっくりご飯を食べ、部屋の掃除をして、それからドラッグストアにでも行こうかな。
一日の予定を決めた伊智子はよしっと呟くと、まずパジャマから着替えることにした。
「ふう。…あれこれ買いすぎちゃった」
肩に食い込むエコバッグの中身は、先ほど買ったものでいっぱいだ。
実は、伊智子が普段使っている化粧水は、最寄の比較的小さなドラッグストアに売っていない。
人気がないのかあまり色んな店舗には置いていないらしく、少し街はずれの、大きめの店舗にしか売っていないことが多かったりする。
伊智子が買出しを渋っていたのはそのためだ。
しかたなく足を伸ばして買いに来たが、店舗の規模が大きいとそれだけ商品数も豊富。
本来買うはずだったものに加え、あれこれとついでに色々買っていたら結構な量になってしまった。
生活必需品はいくらあっても困らない。そう自分に言い訳して、重たい荷物の理由を正当化する。
(結局いつかは買わなきゃいけないものだし、それが今だっただけだし!)
心の中でそう言って、ビルまでの道のりを歩くため少々気合をいれる。
こういうとき、自転車があれば便利なのになあ。とも思うが、万が一事故を起こしても怖いしなあ。とも思う。
よそ様に迷惑をかけるのもそうだし、何もなくても一人で勝手に転んで自転車を壊しそうな自信がある。
電車に乗るまではいかない距離だし、やはりもう少し重みに耐えられるつよい筋肉をつけるべきか。
そんなことを一人考えていると、まわりに学生が増えてきたことに気がついた。
「?…ここ、どこかの学区内なのかな?」
確かに時間的には、下校時間でちょうどいい。
不思議なのは学ランの男の子ばかりで、女子生徒の姿がひとつも見えないこと。
男子校なのかなあ、と思って特に気にせずぼうっと歩いていると、大きな校舎が見えてきた。
立派な校門にかかげられた、「織田」の文字に、伊智子は思わずエコバッグを地面に落としそうになった。
男子校で、織田…ということは、ここがあの有名な織田コー!
(わーーー!こ、ここが織田高だったのか!し、知らなかった!わーすごい偶然…)
間違っても落とさないようにエコバッグをしっかりとにぎり直し、不審者にならない程度にあたりを見回す。
織田高だと認識すると、とたんに全員頭脳明晰の天才少年に見えてくる。
(そういえば、蘭丸さんいるかな?)
綺麗な黒髪の、頼れる先輩の姿を探す。
「あ…蘭丸さん、いた!」
すると、ちょうど校門から出てくる蘭丸を見つけた。
同じ受付業務を受け持っている伊智子が休日なのだから、きっと蘭丸は今日のシフトに組み込まれているだろう。
伊智子はこのまま帰るだけなので、目的地は一緒だ。
どうせだから一緒に行こう、と一人で歩く蘭丸に声をかけようと一歩前に踏み出す。
「らん……… !」
その時だった。
蘭丸の後ろから歩いてきたとある生徒が、急に蘭丸の肩をぐいっと引いた。
当然驚いた蘭丸は足をとめ、振り返る。
肩を引いた生徒の後ろにはもう2人いて、合計3人の学ランを着た男子生徒が蘭丸を取り囲んだ。
「え、何あれ…?友達…にしては雰囲気がよくないような…」
友達どころか、なにやら口喧嘩をしているような雰囲気だ。
蘭丸につっかかった3人も蘭丸自身も怖い表情をしていたが、そのうち一人が蘭丸の肩をドンッと叩くと蘭丸がよろめいてしまった。
伊智子はアッと息をのむ。
蘭丸を攻撃して気を良くしたのか、3人の勢いはどんどん強くなる。
先ほどまで言い返していた蘭丸も、やがて何も反抗せずただじっと耐えたままになっていった。
そのうち3人の生徒は蘭丸の前から去っていった。去り際に肩をドンと押すのも忘れずに。
「なにあの子たち…!やなかんじ…!」
校門から出て来た時に比べると大分元気がなく、トボトボ道を歩く蘭丸に伊智子は慌てて駆け寄った。
「…ら、蘭丸さん!」
「…伊智子…?どうしたのですか、こんなところで…」
振り返った蘭丸は気丈に振舞おうとしているのか表情が少し引きつっているように見える。
こんな悲しそうな蘭丸を見るのは初めてで、伊智子はなんだか泣きそうになった。
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