不穏な空気


綺麗な服を着た女性たちが入ってくる。ばっちりとお化粧をした、いかにも大人な女性といったかんじだ。
そんな女性たちを前にして、森さんは表情ひとつ変えず淡々と業務をこなしていた。

「おはようございます。ご予約はされておりますか?」
「おはよう。予約はもちろんしているわ」
「恐れ入りますが、お名前をフルネームでお願い致します」
「ええーとね………」

対応をしながらパソコンを操作して予約状況を確認する姿はとてもかっこいい。
なにひとつミスがないようだ。
ポーッと見惚れてしまう。

「はい、確認させていただきました。こちらがご予約内容の控えでございます。お部屋に入りましたら、お忘れなく担当医にお渡し下さい。ただちに黒服がご案内に参りますので、あちらのソファで少々お待ち下さい。」
「ありがとう」

PCの横に設置されているプリンターから出てきた紙を半分に切り取り、半分を上質な黒皮のバインダーにはさみ、上品な所作で患者様に渡す。
渡された患者様は、にっこり笑ってゆっくり受付ホールにあるふかふかして大きなソファに腰を下ろした。



「…と、大体はこのような感じですね。次のお客様、対応してみますか?」
「いっいい今すぐはむむ無理ですっ!!」

急に片倉さんがこちらを向いてそんなことを言うものだから、思わず首を思いっきり横に振って言った。
あんな流れるような作業、とてもじゃないがぶっつけ本番なんて無理だ。
休憩中か、仕事が終わったあとに練習しないと…。

「冗談です。適当な対応をされますと、信用問題になりかねますので」
「…………そうですか…」

冗談が冗談に聞こえないです。てか冗談とか言うキャラだったんですね。
そんな私の視線に気づかないふりをして、片倉さんはスーツの上着のしわを伸ばすように一撫でし、私たちに背を向けて受付スペースから出て行こうとした。

「では、私は先ほどの患者様のご案内に参ります。そのまま黒服の仕事に戻りますので、蘭丸様、あとはよろしくお願い致します」
「かしこまりました。強い冷房の苦手な患者様ですので、クーラーの設定には気を配るように郭嘉殿にお伝えして下さい」
「さすがですね。お伝えしておきます」

片倉さんはフッと笑って出て行った。そのうちホールに出て、患者様の手をうやうやしくとって「担当医」の待つ特別なスペースへと案内していった。



一方、片倉さんのいなくなった受付スペースでは、なんともいえない空気がただよっていた。

「……えっと、森さん」
「…なんですか?」
「あの…すごいですね!お仕事とても早いですね」
「蘭などまだまだです。三成殿や片倉殿のほうが早いですよ」

どうやら黒服のみなさんも、できる人は受付業務を兼任していたようだ。

「もともとは蘭一人と、黒服の皆さんとで受け持っていた受付業務ですが、それでも手が回らなくなってきたので…秀吉様はあなたを雇用したようですね」
「あ、じゃあ…いずれは同じくらい仕事ができるようにならないと…」
「なってもらわないと困ります」
はいすみません……

話している途中も、予約リストの確認や受付用紙の控えをファイルにはさめたり、身の回りをこまめに掃除したりと手がまったく止まらない。
視線も全く私のほうを見ないので、どんな表情をしているのかわからないけれど、ちょっと気難しい子なのかな?と思ったりもした。


するとそこへ、なにやら慌てた様子の女性が走って来た。


「おはようございます。ご予約は――」
息を荒くして受付カウンターに手をつく。森さんの言葉をさえぎり、汗の浮いた顔を近づけて叫んだ。


「予約なんかしてないわよ!はやくあの人のところに案内して!」


急にロビーに響いた大きな声に私はビクッと肩を震わせるが、森さんは慣れた様子で表情ひとつ変えずにPCと患者様の顔を交互に見やった。
他の患者様にご迷惑になってはいないか、とロビーを見渡すと、ちょうどいいタイミングで待機のお客様は誰一人いなくなっていた。


「かしこまりました。ではご希望の医師をお選びください。お客様はご予約されておりませんので、場合によってはご希望が通らないことがございますのでご了承くださいませ」

「もう!郭嘉様よ!郭嘉様の元へ早く連れてって!」


私がいないと死んじゃうって前言ってたもの!
早く私がいってあげないと、郭嘉様死んじゃうわ!



血相を変えてそう叫ぶ女性の必死さに、伊智子は初めて恐怖を感じたのであった。




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