メガネと蘭丸
「政宗にいちゃん…ひ、久しぶり、あの、私のこと…覚えてる?」


私は興奮気味に、でも少しおそるおそる政宗にいちゃんに話しかけた。
事務方の皆さんや、凌統さんは「え、知り合い?」「政宗に妹なんていたの?」みたいな感じでそっとザワついていた。


「……伊智子か」


政宗にいちゃんの薄いくちびるが静かに私の名前を読んだ。政宗にいちゃんだ!
私は嬉しくなって、もう少し近寄ってお話をしたいと思った。
だが――


「そう、伊智子だよ!覚えててくれて嬉しい…政宗にいちゃん、手紙全然送ってくれないから、私のこと忘れちゃったのかと思ったよ…あ、あのね、実はうちお父さんとお母さんが」
「悪いが」

私の言葉をつよい口調でさえぎった。

「お前の記憶の中の伊達政宗はもういない」


「え…?」


私は頭が真っ白になった。

「言葉どおりの意味じゃ。もう他人じゃ。用なく儂に話しかけるでない」
「え…」
「ちょっと。どう見たって知り合いっぽい子にそんな言い方ないでしょうが」

少しイラついた様子の凌統さんが私の前にでてかばってくれた。
そんな凌統さんをつよく睨むと、政宗にいちゃんがまた口を開いた。

「貴様には関係ない!」
「あるね!同じ職場の人間なんだから、気にするのは当然だろ」
「儂らの問題じゃ!口をはさむな」
「さっき他人って言ってただろ?他人なんだから、俺が割り込んだって問題ないだろ」
「屁理屈を申すな、馬鹿め!」
「誰が馬鹿だって!?」


「ああ〜〜っもうこんな時間!もうそろそろ外来受付時間だ〜!あっぶな〜い!忘れるところだったあ〜!」


「………」
「……チッ」

政宗にいちゃんの声をさえぎったのは、半兵衛さんだった。
わざとらしいくらいの声でそう言うと、事務方のみなさんも「そういえばそうですな」なんて言ってぞろぞろと事務室へ行ってしまった。
きっとあのまま政宗にいちゃんが言い返していたら、ものすごい口論になっていただろう。
去り際に、私のほうを見て可愛く(これを言ったら怒られそうだけど)笑ってくれて、私は小さく頭を下げた。

足をならして去っていく政宗にいちゃんの背中を見ながら、私はドキドキする心臓をぎゅっと押さえる。
そんな私を心配そうに見つめる凌統さんの顔も少し怒っている気がした。

「あの…先ほどはすみません。ありがとうございます…すみません」
「え?いや、いいいい、頭下げないで。俺が気になって勝手に口出しただけだから」
「でも…すみません」
「だから…まあいいや。なんかあるんだろ?政宗と」

確かにあったはずなのだ。あの瞬間までは。
『お前の記憶の中の伊達政宗はもういない』
そういわれるまでは……

「多分…」
「……まあ、あんな反応されたらそうなるよな」
ズキンと胸が痛んだ。
「まあ、ここで出会えたのも何かの縁だろ。そのうちなんとかなるよ」
「はい…」
「あらら…」

まいったね。そう言って頭をガシガシかいた凌統さん。
するとその後ろから、また知らない声が聞こえてきた。



「ご無礼ながら凌統様。新人様を気をかけるのもよろしいですが、さっさとご自分のご用意をされたほうがよろしいかと。またお叱りを受けてしまいます」


その声をきいた瞬間、凌統さんはものすごい顔をして振り向いた。
「あーっまたウルセーのがきたよ!はいはい、わかったわかった!」

「ご無礼ながら…返事は1回で十分かと」
「あと声も大きいです。うるさいのは凌統殿です。まだ時間前とは言え、受付の近くなのですからお静かに願います」
つられるように振り向くと、そこには少し神経質そうな背の高い眼鏡の男の人と、とても顔の綺麗な子がいた。なんだ、私のほかにも女の子いるんじゃん……。

「アンタらもいちいちご苦労さん!!じゃあ俺そろそろホールにいくから、伊智子ちゃん、なんかあったらそこのメガネと蘭丸に聞きなよ」
「え?あ…はい」

がんばんなよ。そう言って凌統さんは言ってしまった。
その場に残された私は凌統さんいわくメガネさんと蘭丸さんに向き合って、深々と頭を下げた。
「あ、あの、はじめまして。伊智子と申します。今日付けで受付兼雑用として雇ってもらいました。あの…まだ見習いで色々教わることがたくさんあると思いますが、よろしくお願い致します」

言い終わって恐る恐る顔を上げると、先ほどと全く表情が変わらない2人が微動だにせず立っていた。

(ちょっと怖い…!)

「これはこれは。ご丁寧なご挨拶恐れ入ります、伊智子様。私は片倉小十郎と申します。ここの黒服、また兼任として政宗様専属のアシスタントも勤めております。どうぞよろしくお願い致します」
片倉さんはそう言うと、ものすごく綺麗な姿勢で頭を下げた。伊智子様って。

「あ…」
政宗、という言葉をきいてつい反応してしまう。

「?何か」
「あ、い、いえ…なんでもありません、すみません」
「何かございましたら遠慮なくお申し付けください」
「はい、ありがとうございます」
さっき絶縁宣言(?)を受けてべっこりへこんだばかりだというのに、ダメだなあ私…。
そう考えていると、片倉さんの隣の綺麗な子と目が合った。

(?)
なんか少し、睨まれたような…
気のせいかもしれないけど、美人は睨み顔も絵になるな、なんてのんきなことを思った。


「……森蘭丸と申します。黒服と受付を兼任しております。」

そう言って森さんは静かに頭を下げた。所作にも育ちの良さが出ているような…

「片倉さん、森さん。よろしくおねがいします」
「三成様から伊智子様の本日の指導の引継ぎを承っておりますゆえ、受付に参りましょう。外来の受付時間が迫っておりますので」
「はい」

そうして私と片倉さんと、森さんは受付スペースに入った。





片倉さんがパソコンの前の椅子に座りながらこちらを向いた。
「おおまかな説明は受けているとお聞きいたしましたが」
「あ、はい。このクリニックのシステムとか、予約のこととか…料金プランのこととかは教えてもらいました」
「そうでございますか…パソコンは使えますか?」
「学校で習っただけですが…多分使える、と思います。」
「なるほど…では、実際に受付業務を見学して頂くのがいいかもしれませんね。蘭丸様」
「はい」
それまで片倉さんの隣で静かに立っていた森さんが、受付ど真ん中の席に座っててきぱきとテーブルの上を整理しはじめた。

「それでは、もう間もなく患者様がいらっしゃいます。朝一…もう夕方に差し掛かるところですが、ここではこの時間が朝一です。朝一はお客様が混み合います。特に予約されてない患者様は迅速な対応をお求めでございます。蘭丸様の対応をよく見てお勉強なさって下さい。よろしいですね?」

「は…はい、わかりました!」



そうしてクリニックMOのガラス戸がゆっくりと開いた………









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