女の子だと思っていたら


「ダメです!!!」





思わず伊智子が叫んでいた。


「だっダメです!それは、良いことではありません、患者さま」

伊智子は震える声をしぼり出した。
女性と、揺れる瞳の蘭丸が伊智子を見た。




「やはり…あの…患者様は…かくか…先生?をご希望なのですよね。
患者様がお求めである以上…それ以外の者が対応しても、完全には患者様を癒しきれません。この人も、急に対応を求められて困っています。困っている者が患者様を癒すことなど…できません。
かくか先生のご予定が開くまで、今しばらく…お待ちいただけませんか?
あの…やっぱり当クリニックは、あの、当事者同士の信頼関係が」


「うるさいわねっっ!!!」



「っ、!ケホ…」

「あっ…大丈夫ですか?」

伊智子の言葉にキレた女性は乱暴に蘭丸の体をつき放した。蘭丸は椅子にこそ座っているが上体はぐったりとしている。伊智子は気遣うようにそっと背中に手をおいた。
激昂した女性は受付においてあるボールペンをひったくって力任せにぶん投げた。するとそれはなんと伊智子の額に見事命中してしまった。

「痛い!!」
「もうっ、そんなに言うなら待てばいいんでしょ!あんた!明後日の夜…だっけ?予約するから、キープしておいて!!!でもそのあいだに郭嘉様が死んだらあんたたちのせいだから!!」




ふん!!と鼻を鳴らして女性は背を向ける。そのままヒール音を響かせながら外に出ようとした…ところで、大きな黒い影が女性をさえぎった。


ここからでもよくわかる。背の高い男の人が2人。どうやら黒服の人みたいだった。







「はい、ちょっとお待ちくださいね〜患者様。先ほどまでのご様子、しっかり見させてもらいましたとも」



一人は黒髪におしゃれなパーマかけた方。タレ目で、ちょっと色白。口調は軽い感じだけど、有無を言わさない気迫がある。




「恐れながら申し上げます。貴方を今ここから出すことはできません」




もう一人は短い茶髪の人。ちょっとつり目でさわやかそう。健康的な見た目をしていて、しゃべる言葉は丁寧でハキハキしているけど…お2人とも…怒っているのかとても顔が怖い…。


「何よあんたたち。ウザいわ。ただの黒服でしょ?黙ってそこをどきなさい。私は患者、客よ」

2人の間を割っていこうとした女性だったが、長い腕に進行を阻まれた。

「ちょっと、何よ。どいて」
「悪いけどそれはできませんね。ご自分が何をしたかおわかりですよね?」
「当店の者に危害を加える方はいくら患者様、いくら女人といえど看過できません!」

2人の真剣な表情に女性はたじろいだ。

「危害って…おおげさよ」

「大声を出して業務を妨害する、妄言を叫ぶ、胸倉を掴む、店外での過度な接待を要求する、物を投げてスタッフの顔にぶつける。どれもこれも許されたことではない…ここまで言えば、さすがのアンタもピンときますよね?」

「や、やだちょっと、そんなの、ちょっとふざけただけだし、冗談よ。まさか本気にしたの?ダサいにもほどがあるわよ。私はね…」

「アンタが本気かそうでないかなんてこの際どうでもいいんだ。この店のモンが危ない目にあったことは事実なんだからさ」
「お話は奥の部屋でお聞きしますので、こちらへ」

「え……」


ようやく自分の身に起こっていることを自覚した様子の女性は途端に弱気になってしまった。
しくしくと泣き始め、床に座り込んでしまった。



「やだあ、郭嘉様が、死んじゃう、私、郭嘉様じゃないと死んじゃうの…」

「はいはい、人はそう簡単に死にませんから安心しろ」
「ちなみに郭嘉殿は今朝お会いしたときピンピンしておりましたよ。安心してご自分の身だけをご案じください」

「いや、郭嘉様、助けて……!」

「あーあー郭嘉殿は今頃ご予約の患者様につきっきりですよ」
「それと予約枠のキープは原則禁止ですので明後日の枠も残念ながら郭嘉殿とお会いすることができませんので」




「やだ!聞きたくない!郭嘉様ー!!!…………」






両腕を屈強な男2人に引っ張られながら、女性は廊下のむこうへと消えていった。


先ほどまでの喧騒はどこへやら、シンと静まり返った受付の中、未だに静かな蘭丸の背に伊智子は静かに声をかける。

「あの…森さん。大丈夫…ですか?息…できてます?」
「…呼吸はできております…」
「あ、そうですよね…すみません」

蘭丸はゆっくりと振り返り、背後にいる伊智子の顔をじっと見た。

「あなたこそお顔にボールペンが飛んだでしょう。血は…でていないようですね。よりにもよって女性の方のお顔に。患者様を言えど、許せません…」

力そう言ってしばらく伊智子と目を合わせた蘭丸は


「申し訳ありません」

と呟いた。



「え?」
「蘭は…まだ未熟なようです。せっかく後輩が入社してきて、きちんと先輩らしいところを見せたかったのに…」

とても落ち込んでいる様子でそう言った。もしかして…と伊智子は思う。

「あの…まさかとは思いますがちょっとクールな感じとか…いかにも仕事ができる風に…」
「見せていただけです。それに、少し緊張もしていましたし…もしかして、気を悪くさせてしまいましたか?でしたら…」

「いいえ!そんなこと、ありません。私のことを思ってやって下さったことですよね。嬉しいです」

そう言ってにっこり笑うと、ようやく蘭丸もにこりと笑った。やはり美しいなと伊智子は思った。



「蘭も…嬉しかったです。先ほどは、興奮した患者様にどう対応するべきか考えあぐね動揺していたところ、伊智子殿の優しく力強い声で我に返った気分です。ありがとうございます」

「そんな、私こそ。毅然とした態度で対応する森さん、かっこよかったです」



蘭丸はそういう伊智子をじっと上目遣いで見つめた。

「その…伊智子殿さえ良ければ森…ではなく。蘭と」
「え…いいんですか」
「はい…」





「えっと、じゃあ…蘭……ちゃん」






















「伊智子、何度言ったら分かるんですか?そこの操作はこうです」

「は、はい…すみません蘭丸さん…!」
(あの可愛い顔はどこへいったのっ!)


どうやら私は大きな勘違いをしていたようだ。
てっきり女の子だとばっかり思っていた蘭丸さんは立派な男の人だった。
しかも、年齢は私の一つ下らしい。急に親近感を覚えたのもつかの間。

「蘭の性別を間違ったあげく、この職場ではあなたは後輩…ですよね」

とゆっくり言われ、私は呼び捨てされるようになり、逆に蘭丸さんのことは徹底して敬語と敬称をつける様言い渡された。





「洞察力もない上に記憶力もないのですね!本日はとことん蘭に付き合って頂きます!蘭の後輩として恥ずかしくないように指導致しますので、お覚悟下さいませ!
伊智子の為ならば、蘭は修羅になります!!」


「修羅!?は、はい!よろしくお願いいたします、蘭丸さん!」
「伊智子は返事だけは立派ですね」



なんて返せば正解もらえるんだ、伊智子はそうぼんやりと思った。







やがて食事休憩を知らせにきた小十郎が、2人の様子を見て一瞬目を見開き、めがねをちょっと押し上げ「そうきましたか」なんて一人でつぶやいていた。

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