厳しく光る4つの瞳

元就と二人、ホールに向かって歩いていると、丁度玄関に誰かが来ていたみたいだった。

まだ正午だし、客が来る時間には大分早い。
誰だろう?と思い、ゆっくり近づいていくと、それはよく見知った二つの顔だった。



「あ、陸遜さんと朱然さんだ。おはようございます。陸遜さん、今日は昼からだったんですね」

「元就殿、伊智子殿。おはようございます。はい、今日は授業があったので」

「おはよ……うわー!伊智子、なんだその頭!寝起きの俺よりひっどいぞ!」


玄関先でなにやら話していた二人は、伊智子の声を聞くとパッと顔をこちらに向けた。
そこにいたのは大学4年生の事務バイト、陸遜と、同じく大学4年生の医師バイト、朱然だった。
二人とも同じ大学に通っているらしく、時間が合えばこうして二人で仲良く出勤している。

二人とも顔はにこやかだが、口にする言葉に差がありすぎてひどい。寝起きよりひどいってどんだけだ。鏡がないから確認できない。

朱然の言葉に陸遜が顔をひきつらせる傍ら、本人はずんずんと伊智子のほうに近寄ってアッハッハと心の底から楽しそうに笑っていた。

「近くで見るとよりひでー!誰にやられたんだ?」

「こらこら、朱然。女の子にそんなことを言うものではないよ」
後ろからのほほんと言う元就。つい「元就さんがやったくせに!!」といいたくなる。

「あ!元就殿!おはようございます!ていうか、どうせ元就殿の仕業でしょ?どんだけ撫でくり回したんですか。なあ伊智子、俺もなでていい?なんか触りてー、この頭」

「ちょ、だ、だめですよ!なんてこと言うんですか」


手をわきわきと動かす朱然に思わず後ずさる。やめてよ!
すると、朱然の後ろから控えめに陸遜が歩いてくる。


「…このままではさすがにまずいでしょう。整えてあげますから、じっとしててくださいね」

「あ、俺も綺麗にしてやるよ!」

「え、え……あ、ありがとうございます……?」

わけが分からないうちに二人の手がのびてきてぼさぼさの頭を整えられる。
陸遜が髪の毛を丁寧に扱っているのに対し、朱然はなんだ。犬の毛並みを整えているんじゃないんだぞ。少し荒っぽくてがさつな手つきで髪の毛を整えてくる。

まあでも自分で整えようとしたら鏡もないし、石田さんに借りているあのくしを使ってもきちんと元通りにはできないだろうから、痛いだとか早くしてくれだとか文句を飲み込んで黙っていると、その光景をじっと黙って見つめていた元就が、


「……こうしてみると、ますますペットっぽいね」


…と、大真面目な顔してふむふむ呟いた。

(それもこれも、元就さんのせいだ…。)


結局時間がぎりぎりになって、4人で走ってホールに向かった。
元就さんはいくら言っても走ってくれなからすごく困った。










「……それでは、本日の朝礼は以上。本日もよろしく頼む。解散」

ばりっとスーツを着こなした三成が、手元のipadから目線を上げて全体を見据え、そう言った。
ホールに集められた本日出勤の従業員たちが一斉に「おねがいします」と叫ぶ。


そのままぱらぱらと皆思い思いの場所へ向かう中、集団の間を縫うように夏候覇が体をねじりながらこちらにやってくるのが見えた。


「伊智子!」

「あ、夏候覇」


さっきは鐘会とにらみ合っていたが、今はそんなに機嫌も悪くなさそうだ。
夏候覇は伊智子の正面まで来ると、申し訳なさそうに顔の前で手を合わせた。

「さっきの話だけど、よろしくな。もしダメだったら連絡なしでいいから」

「…あ、うん!きっと大丈夫だと思うよ。許可もらったらあとから行くから。厨房でいいんだっけ?」

「おう!じゃ、俺先に行ってるから」


じゃあな!そう言って夏候覇は手をぶんぶん振りながら階段のほうへと走っていった。
ああっ、ソファーの角につまづいて転びそうになってる…あぶない…

さて、夏候覇の手伝いの許可を取りに三成を探さないといけない。
もしかして、もう部屋に戻ってしまっただろうか?そう思い、あせってキョロキョロ周りと見渡すと、先ほどと同じ場所に三成はいた。

なにやら難しそうな顔をして清正、正則たちと話し込んでいる。

…どうしよう。三人で大事な話をしているんなら、自分からは割り込めないな。

とりあえず近くにちかづいておこう、とこっそり正則の後ろのほうに歩いていくと、どうやら話は終わりに近づいているようだった。ぼんやりと会話が聞こえてくる。


「…じゃあ、次の休みは俺の部屋でスマブラ大会な!!!」
「違う、バッティングセンターで勝負だ。一番成績の悪い奴が飲み代おごりだぞ」

「勝手にしろ、俺は行かないからな!!!」


なんの話をしてるんだ!?!?

正則と清正が「忘れるなよ!」と三成に言い、その場を離れていく。
少なくとも伊智子は、先ほどのやり取りをしばらく覚えている自信があった…。


「ハア…」


二人が消えていった方を見ながら三成は険しい顔をした。話しかけづらいオーラびんびんである。

しかしまごまごしていると多忙な三成のこと、話しかけるチャンスを失ってしまう。
意を決して声をかける。

「…石田さん。今、お時間いいですか?2つほどお話があるんですけど」

「……なんだ、伊智子か。今日の昼飯の献立なら俺は知らん」

違ぇよ。どんだけ疲れてるんだ。そして私はどんだけ食い意地張ってると思ってるんだ!
ちなみにお昼の献立ならさっき聞いた。今日はしょうが焼き丼なのだ。

「違います。えっと…夏候覇のお手伝いをしてきてもいいですか?」
「…夏候覇の?」

三成がようやく伊智子のほうを向いた。なにか言いたげな視線が突き刺さる。
理由を話そうとしたその時、後ろのほうから聞いたことのある声が飛び出した。


「夏候覇殿がどうなされた?」


声の主は張遼だった。今日も素敵なおひげですね…。
どうやら夏候覇の名前を聞いて反応したようだ。
伊智子の後ろから張遼がぬっと顔を出して、不思議そうな顔をしている。

伊智子は2歩下がって、三成、張遼の正面に立った。


「あ、張遼さん…。はい、えっと、夏候覇が今日のしたごしらえを全部一人でやらなきゃいけないって言ってたので…手伝ってあげたくて」


控えめにそう言うと、二人は同じタイミングで顔をしかめた。

「それは仕事でミスをした夏候覇への罰だろう。お前が手を出したら意味がないのではないか」
「左様。夏候覇殿一人でやり遂げることに意味があるのだ」

厳しい人二人にそういわれて思わずひるむ。
どうやら夏候覇のミスについては石田さんの耳にももちろん入っていたようだ。
こういう反応をもらうのはなんとなく予想していたけれど、一人の予定が二人に増えただけ思わず「はいそうですよねわかりました」と言いそうになってしまう。恐るべし。

でも、あの時の夏候覇は本当にかわいそうだったし、なんとかして手伝ってあげたい。


「もしや…夏候覇殿のほうから、助力を頼まれたのではあるまいな?」

張遼の切れ長の目がぎらりと光った。

「ちっちがいます!私が無理言って手伝うって言ってしまったんです!だから…お願いします!」

がばっと頭を下げる。しばらくそうしていると、頭上から長いため息がひとつ。


「…まあ良いだろう。私は何も聞かなかったことにする」

「…だそうだ。勝手にしろ、伊智子」
「はい、ありがとうございます」

よかった。これで第一関門突破でひとまず一安心。

「それで?もう1つ報告があるのだろう」

「はい。これも夏候覇のことなんですけど。鐘会さんのことで…」

「鐘会?」
「鐘会殿?」
「は…はい」

…なんか成り行きで張遼さんにも報告というか相談することになってしまった。
まあ、張遼さんは三成さんに並んで黒服のリーダー的な存在で全体を統括する役目にあるから、そのほうが都合がいいのかな。

「さっき偶然会ったとき、指に怪我をしているのを見てしまいました。お客様につけられた傷だって言ってたんですけど…」
「…なんだと?」

三成が一気に厳しい顔つきになった。怖い。
張遼も声さえ出していないが眉毛がつり上がった。怖い。


「なので、夏候覇が…鐘会さんはしばらく伊と呂限定で診察を行うのはどうかって」

「ふむ。それは良い提案だ。しかしあの鐘会殿が従うかどうか…」

張遼がきわめて難しい問題を目にした時のようなリアクションをした。普段どんだけ聞かん坊なんだろう。
普段も張遼の手を煩わせているのが十分に伝わって、なんだか張遼に同情したくなった。

「あ、それは大丈夫です。夏候覇が納得させてました」

「なんと。夏候覇殿が…そうか。あいわかった」

張遼は感心したように、そして嬉しそうに頷いていた。
そして三成のほうに向き直り、明るい声で話し出す。

「三成殿。今回の件、私は全面的に賛成です」

「俺も同意見だ。伊智子、夏候覇の手伝いに行く前に予約を忘れずに確認しておけよ。鐘会は今日の予約分から「波」はしばらく休止だ。受付時にはその点しっかり説明をするように。ホームページにも記載しておけ。鐘会と他の黒服には俺からも言っておく」


「わかりました!」

さすが話が早い。伊智子は三成、張遼に一礼しその場を後にする。
早足で受付に向かい、パソコンを起動して本日の予約を確認すると、さすが売上げ上位に食い込む新人。本日も予約が結構入っていた。

全てチェックし、本日よりしばらく鐘会医師の「波」を予約の方は「伊」、「呂」に変更かキャンセルという形をとってもらう。という連絡事項を受付の内側から見えやすい位置に貼り付ける。
続いてホームページのサーバーにログインし、トップページに大きく今回のことを表記する。
鐘会の予約ページも変更を忘れずに。「波」はもともと選べないように編集した。

よし、これで大丈夫だろう。

伊智子は上機嫌で夏候覇の待つ厨房へと急いだ。

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