不思議なクリニック
「さて、自己紹介がまだじゃったな。儂は豊臣秀吉。ここの社長をやっておるよ。」
「昨日も言ったけどアタシはねね。社長夫人ね」

仲良く肩を組みながら言ったお二人は、文字通りおしどり夫婦って感じだ。
お互いを信頼しているオーラが半端ない。


「それで、そこの子が石田三成って言うんだよ。ホラ三成、自己紹介して!」
「…石田三成。ここの黒服だ」

すごい無愛想に返された。「伊智子です。よろしくおねがいします」と言うとフンと笑われた。別に笑うところじゃないんですけど。


ここにいる全員分の自己紹介が終わったところで、伊智子はずっと気になっていたことを口にした。


「あのー…ここって一体どういう会社なんですか?飲食店…とか??」

ねねさんのお食事がとっても美味しかったことと、石田さんが女性受けしそうな見た目だということで思いついた職種を言ってみるが、答えはNOだった。
となると、他には何も思いつかない。
うーんと腕を組んでうなる伊智子を見て、ねねはクスッと笑って言った。


「一言で言えば、女性のための特別なクリニックって感じかな」
「えっと…診療所…ってところですか?」
「特別な、ね」


なんだか意味深な顔をされたので、ますます分からなくなってしまう。

「具体的に言うとねぇ…うーん…あ、三成、実際にやってみてあげなよ」
「何で俺が」
「まぁまぁ三成!そうしたほうが一番手っ取り早いじゃろ?」

石田さんが注いでくれたお茶をうまそうにすすりながら、秀吉社長は言った。

「このような奴に診察を施しても、絶対に理解などできませぬ…」
「ぶつぶつ言わない!」

お三方の言ってる意味が理解できなくて、1人蚊帳の外になっていた私の手をおもむろに石田さんがすくい上げた。



「えっ」



気づけば目の前にはお綺麗な顔。すうっと通った鼻筋がうらやましい。
形の良い唇がゆっくりと音を紡ぎ出す。


「…そんな悲しい顔をするな」
「はっ!?」
「…俺はお前の笑った顔が何よりも…」

さっきまでの石田さんとは違う、真剣な目つきをしてふざけたことを抜かすものだからつい素っ頓狂な声が出てしまった。
私は私でそんなヘンな石田さんを凝視してしまうし、石田さんは石田さんで熱の籠もった妙な目線で私を見つめてくる。なんのこっちゃ。


「…」


それからしばらく無言の時間が続いて、なんだかにらめっこをしている気分になってしまった。
…や、やばい。これは、笑ってしまう。負ける。
なるほどね。私はいつも全力で変顔をしていたけど、石田さんのにらめっこは真顔派なのね……なんてのんきに思っていると



「…ぶふっ」



あ、負けた。
そして次の瞬間石田さんに思いっきり叩かれた。
罰ゲームありなら最初に言ってくれ。









「真面目にやらんか!」
「石田さんがにらめっこを真面目な顔でするから笑っちゃったんですよ…!」
「誰もにらめっこなんぞしておらぬ!!」

そういえばそうだった。いつからにらめっこの気分になっちゃったんだっけ?叩かれた場所(頭頂部付近)をさすっていると、秀吉社長が豪快に笑ってバシバシと背中を叩いてきた。いたい…。


「あっはっはっはっは!こりゃあ一本とられたのぉ、三成!!」

「俺は…!18の小娘に…!この店のシステムなんぞ分かるはずがないと…!」
「三成!女の子に手をあげちゃだめでしょうが!」

ちょっと意味が分からないけれど、真面目にショックを受けてるらしい石田さんが秀吉さんに大笑いされ、ねねさんに怒られているのはちょっとかわいそうだなと思った。私が悪いんだけど。

そんな感じで三人でじゃれているので、なんだか親子みたいだと言うと、ねねさんはクスッと笑って

「三成だけじゃないのよ、ウチの子供は」

なんて言った。












「な…なるほど。規定の時間内で、患者さんの要望どおりの“相手“になって傷を癒すと…」
「そういうことだ。お子様には早すぎたか?」
明らかにバカにしたように笑うから、少し大きな声で「十分把握しました!」と返した。(もちろん、ウルサイと怒られた)


あの後しばらく社長室でお話をし、大切な書類などを作ってもらい、住民票ははやめにここに移しておいてねとねねさんに言われた。
そしてゆっくり遅めのランチを食べ(これがまた絶品のねねさんの手料理だった)、当面の仕事着にしろと一着の黒いスーツとシンプルな革靴を手渡された。なんの変哲もないスーツだったが、割り当てられた部屋に一度戻り着替えたとき、鏡で確認すると短い髪の毛も相まって、なんだか男の子みたいだった。あと靴は何故かぴったりだった。

部屋の外で待っていた石田さんに早くしろ!!と怒鳴られ、そのまま受付スペースに案内されて、現在にいたる。
そこは料金表やカタログ、予約申込書などたくさんのもので溢れているけれどきちんと整理されいて普段ここを使用している人たちの性格が見て取れた。。



「基本的な外来システムってどんな感じなんですか?飛び込みOKですか?」

申し込み書の一枚をひろい上げながら言うと、石田さんはパソコンの電源をつけながら言った。

「飛び込みもOKということになっている…が、基本的にはインターネットでの事前申し込みが優先となる」
カチカチとマウスを操作しながら、ひとつのホームページに飛んだ。

そこはこのクリニックのホームページのようだった。
「クリニックMO」と大きな文字で書かれている。そういう名前だったのか、ここ…。

数あるメニューの中で「予約」というところをクリックすれば、たくさんの入力フォームが表示され、最後の送信ボタンに繋がっている。


「ここで希望スタッフ、来店日時、希望時間数、料金メニュー、希望する設定などを入力して送信してもらう。翌日から予約可能だ。もちろん、余裕をもって予約して頂くほど時間やスタッフの自由がきく」
「なるほど…」

手元にある料金表というものを見てみる。
基本60分、その後30分延長ごとに追加料金発生、ただし予約状況によっては延長ができない場合もあるようだ。

「…伊、9000円。呂、30000円。波、50000円。お…お高い…」
「それなりだな。こちらも慈善事業ではない」
「それはそうですけど」

料金コースを見る限り、確かにお子様ではとうてい手が出せそうにない。
大人な女性御用達ってところかな。分別ができて、なおかつ懐に余裕のある。
そう言うと、石田さんは少し遠い目をして小さくこぼした。

「そのような患者ばかりなら、こちらもとてもやりやすいのだがな」

愚痴られた。

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