ガチで勘違い


「お触りとかオッケーなんですか?」
「下品な言い方をするな。慎みを持て」
「す…すいません」

素朴な疑問を投げかけただけだったのに。石田さんに一括されて目線を料金メニューに戻す。
しばらくすると、低い声が響く。


「…基本的には大丈夫だ。ただ、料金メニューで区別されている部分もある」
「…ほうほう、なるほど。具体的には」
「適度なふれあいなら伊で十分だ。頭をなでるだけで安心するという患者が多い」
「へえ」
「真面目に聞いているか?」
「え!?聞いてますよ!?」

あらぬ疑いをかけられ驚く。むしろ聞くこと全てが新鮮で一字一句聞き逃さない勢いです。

「…呂は…そうだな。少し過度な接触だな。たとえば、抱きしめたり、膝に乗せたり、」
「なっ、なるほどぉ…」

どきどきしながら聞く。そういうのを治療と称して女の人にしてるんだなあ…役得だ…。


「波は恋人の疑似体験のようなものだ。接吻はこのコースで許される」
「えっとぉ…そういうのって、スタッフさんの方から進んでするんですか?それとも、患者さんに求められてするんですか?」

手をあげて控えめに発言する。石田さんは顔色を変えずに答える。

「状況やこちらの設定による。たとえばこちらの設定が「強引な恋人」だとしたら勿論スタッフの方からするさ。そういう場合は大抵受け身の患者が多いからな」
「ケースバイケースって奴ですね。臨機応変に応対しなきゃだなんて、大変ですねー」

どこの職種も一緒だろう。と、石田さんは料金メニューを手にとって言った。




「…あれ?石田さん、これ、波の下にもうひとつメニューがありますよ」
「ああ…それは」

「オッ頭デッカチじゃねぇか!今日も無駄に早ェなぁ、ゴクローさん!」


石田さんが何かを言いかけたその時、受付全体に大きな声が響き渡る。
それは、私が知り合ったお三方の中の誰の声でもない、知らない人の声だった。

ふと石田さんのほうを見れば、はっきりと顔に『やかましいのがきた』と書いてあるように見え、ちょっと驚いた。






その人は大きな足音を立てながらこちらに近づいてくる。
「なんだなんだ?ムシか?オイ、ひでぇんじゃねぇのか」とかヤンキーみたいな口調がとても怖い。

思わず石田さんの背後に隠れようとすると、石田さんは全腕力を持って私を前に押し出した。サイテー!


「なぁんだ三成、ここにいたんじゃ……」

ひょこ、と、受付カウンターのホール側から覗かせた頭には、立派なリーゼントがついていた。
口調もヤンキーみたいだったけど、髪型も立派なヤンキーだ…。
伊智子が驚愕で何も言えなくなっている間、相手も同じように開いた口が閉じなくなっていた。

しばらくそんな無言状態が続いた後、口を開いたのはヤンキーの方だった。


「っっっってオイ!ビックリしたぜ〜、一瞬ガチの女かと思っちまったぜ」
「はっ!?」


ヤンキーはカウンターの扉を蹴り割りながら中に入って来ると、伊智子の肩をバンバンバンと叩きながら豪快に笑う。
なっ、三成!!と明るい声をかけるが、当の三成は完璧に無視に徹するようで、背中を向けてパソコンをいじっていた。

「アレだろ?どーせ半兵衛とか、蘭丸みたいな感じなんだろ?女みてーな顔してっけど実は…みたいな感じなんだろ?二度も同じ手には乗らねぇぜ!」
「ちょ、ちょ…っと…あの…」
「確かに美形とは言いづらいけどよぉ、今はナンダ…草食男子っつぅのがウケてるらしいから、オメーはそういうので攻めてった方が上手く行くと思うぜ!」
「いや、ちょっと…あ、あの…あの…」
「そういやお前、名前なんて言うんだ?俺は福島正則!ここのスタッフだぜ!!」


バーン!と効果音がつきそうなくらい豪快に自己紹介をしたヤンキー、もとい福島さんは、私の肩を組んだまま、私の返答を待っているようだった。


どうしよう。
この人、完璧に私が男だって誤解してる。
この際女のプライドなんて毛ほども残ってないから良いんだけど、名前を言ったら確実にバレる。ああ、どうしよう。
さりげなく顔のことをバカにされたり草食男子呼ばわりされたりしたことはこの際どうでもよい。

石田さんが声を聞いただけでものすごく嫌そうな顔をした理由が、今なら分かる気がする…。
この人、初対面の私にこんなに話しかけてくれるなんて、とっても良い人なんだろうけど…
ちょっと……厄介……。

伊智子は意を決したように口を開いた。


「…は、はじめまして。私は本日付でこちらで働かせて頂きます、伊智子と申します。受付と雑用を担当させて頂きます」

「…………は、」


もう一度、福島さんの大きな声が受付全体に響いた。






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