素敵なお誘い



「なあ、伊智子。次の休みっていつ?」

ある日のこと。
休憩中、蘭丸と並んで夕飯を食べていると、目の前のソファに座った李典がそう切り出した。
急に離しかけられた伊智子は、一瞬うーんと考えてから応えた。

「えっと…確か今週の土日です」

今月のシフトを頭に思い浮かべると、確か定休日の日曜日の前日、土曜日に「休み」の文字がついていたはずだ。

その返事を聞いた李典は、そりゃいいな!と指を鳴らした。


「そっか!土曜日、ここが終わったらバイト組が集まって俺んちで飲み会やるんだよ。お前もどうだ?」


「え……飲み会?」

「李典殿はお酒を飲める年齢ではないでしょう」

きょとんとする伊智子の隣から蘭丸の冷ややかな声が刺さった。
図星を疲れた李典はうぐっと唸って「わ、わかってるよ」と続けた。


「飲める奴は酒、飲めない奴はジュースの飲み会なの!日曜も予定ないんならそのまま泊まってけ。なあ、どうだ?」


そう言って李典はにっこり笑った。

「ええ…っ」

アルバイトの皆さんで…
夜を徹して…
飲み会…

い…

いいなーーーーー!!!

すごく楽しそう!!!

行きたい!行きたい!!行きたい!!!


「ぶっ、お前顔に出すぎ。よしっ、決まりな」


伊智子の表情を見て心理を読み取った李典は面白そうに微笑み、蘭丸のほうへと向き直る。


「蘭丸もどうだ?お前んち、門限とか厳しそうだけど。泊まりは無理でも飲み会だけ…って、日付変わってから始める飲み会に泊まりが無理もくそもねえよなあ…」


終礼が終わるのは決まって午前1時前後。それから集まるのだから、夜を徹してお祭り騒ぎなのはわかりきったことだった。
後頭部をがしがししてウ〜ンと悩む李典に対し、蘭丸はおずおずと言った様子で問いかける。

「…蘭も、よいのですか?」
「なんだお前、遠慮してんのか?」
「いえ、そういうわけでは…」
「蘭丸さんと一緒なら安心です」
「おい、どういう意味だよ……っと、もう時間だ、戻らねえと」

腕時計を確認した李典は、ソファから立ち上がる。
そのまま部屋を一旦出て行ったと思いきや、すぐ戻ってきて顔をのぞかせた。

「あ、そうそう、蘭丸。一応親御さんに確認はとっておいてくれよ。じゃあな」

それだけ言うと、今度こそ李典はバタバタと廊下を走っていってしまった。
遠くのほうで張遼の「李典殿!廊下を走ってはならぬ」と厳しい声が響いている。


その声を聞いて、伊智子と蘭丸は顔を見合わせてクスッと笑った。


「…では。蘭はそろそろ帰ります」
「あ、本当ですね。お疲れ様でした」

時計が示す時刻はいつの間にか21時を少し過ぎていた。
蘭丸はシフトが入っている日はいつも学校が終わったあとクリニックに出勤して、食事をしてから21時に帰る。
営業時間は夜中までだが、蘭丸は唯一の高校生アルバイトなので特別だ。

「では伊智子。お先に失礼します」
「あ…蘭丸さん!」
「?なんです?」

休憩室から出ようとしていた蘭丸は、後ろから声をかけられてパッと振り返る。
そこにはにっこり笑顔の伊智子があった。


「飲み会、蘭丸さんもきっと来てくださいね」


ニコニコ笑いながら伊智子はそう言った。
その笑顔に蘭丸も薄く笑みを浮かべる。

「…家の者に聞いてみます、では」


蘭丸はそう言って伊智子に別れを告げ、帰り支度をするために荷物が置いてあるロッカーへと向かった。





「蘭丸!」


蘭丸はロッカーで一人でいるところを後ろから声をかけられた。
何かと思い、身支度をしていた手をとめ振り返る。

「関平殿」

「今帰るところなのか」
「ええ」

振り返った廊下には関平がいた。
力仕事中だったのか、腕まくりをして少し疲れたふうで立っている。
関平は「今、少し良いだろうか?」と言ってきたので、蘭丸は快く頷いた。

「今週の土曜日、お前も参加することになったのだと、先ほど李典殿から聞いたが…」

「あ…でも、まだ家の者に確認をとっておりませんので…」

蘭丸は少し顔を伏せてそう言った。

「そうか。もしご両親が心配そうなご様子だったら、拙者のほかにも成人した人間がいるからとお伝えしてくれ。万が一何かあれば、一切の責任は拙者たちがとろう」

「…ありがとうございます」

年長者としての言葉に蘭丸が素直に頭を下げていると、関平は少しうろたえた。

「い、いや、頭を下げないでくれ。伊智子や蘭丸にはいつも世話になっているからな。アルバイト組の集まりは定期的にあるから、今回だけじゃなく、是非毎回顔を出してくれると嬉しい」

では、と関平は仕事に戻る。
その背中を見送って、蘭丸は思い出したようにやっと帰り支度を整え、勝手口から外に出る。


「……みなさんと、泊りがけで、飲み会……」


ぽつりと呟いた言葉は誰に聞かれることもなく、夜の街に消える。

蘭丸は柄にもなくはやる気持ちを抑えきれずに、ちょっと小走りになりながら帰路についた。


- 83/111 -
素敵なお誘い
*前 次#

しおりを挟む
小説top
サイトtop