りんごとみかん





「じゃあとりあえず乾杯な!かーんぱーい!」

「かんぱーい!」

時刻は深夜2時に差しかかろうとしている頃。
飲み会の参加人数が大体揃ったため、伊智子と男たちは食卓を囲んでグラスを合わせた。

関家の三人、上杉の二人の兄弟たち、朱然、楽進、張苞、伊智子に蘭丸、そして今回部屋を提供してくれた李典。
大量の料理と飲み物で埋まった机を大勢の男達がグルッと囲んで、なんだか部屋がグッとせまくなったみたいだ。

さきほどまで料理の準備をしてくれていた張苞はエプロンをつけたままグラスを傾けてうまそうに酒を飲んでいた。

「あー、酒がうめー」

「今回も料理は張苞が作ってくれたのか。さすがだ」
「本当に。プロの料理のようですね」

横に座る関平と関索の言葉に、照れくさそうに後頭部をかいた。

「へへ、よせやい…っておい、関興!てめえ好き嫌いすんじゃねーよ野菜もちゃんと食え!」
「む……」

好きなものばかりをよりわけて食べていた関興を目ざとく見つけた張苞はすかさず声をかける。
ピタッと箸を止めた関興は不服そうに唇をとがらせた。

「そうですよ兄上、張苞殿がせっかく作ってくれたのですから好き嫌いはいけません」

「そうだぞ、全てきれいに食べろ」

「…は〜い…」

兄と弟、幼馴染の張苞の三人に母のようなことを言われた関興は、静かに野菜をつまみながら酒を飲んでいた。




「……みなさん楽しそうですね」

お茶の注がれたグラスを傾けていた蘭丸は、宴会のような雰囲気に少しばかり圧倒されていたが、隣に座る伊智子があれも美味いこれも美味いと食事に舌鼓を打っているのを見て少しばかりほっとしていた。

「蘭丸さん蘭丸さん、これも美味しいですよ、はい」

「はいはい、……ん?」

そんな時、反対隣に座っている李典のグラスの中身が目に入った。
しゅわしゅわと泡の立つそれは、ソフトドリンクとは違う香りを発していた。


「……李典殿。何を飲まれているのです?」

「え………………麦ジュース」

「……」
「んだよその顔〜別にいいじゃねえか、こんな日くらい」
「まだなにも言っておりませんが?」

ジト目で李典を睨む蘭丸にめんどくさそうに文句を言う李典。李典は酒が入ってるからなのか、いつもよりけんか腰だ。
蘭丸だって、こんな場で口うるさく言うつもりはない、だが冷めた目で見つめれば李典だって面白くない。

そんな二人の様子に気付かない伊智子は蘭丸のグラスが空になっているのを見つけるとパッと明るい声をかけた。


「蘭丸さん、こっちにりんごジュースあるよ!飲む?」

「ほらほら、蘭丸と伊智子はりんごジュースでも飲んどけ。みかんジュースもあるぞ」
「なっ…」
「今持ってきますねー」

伊智子は背後にあるりんごジュースのペットボトルを取りに席を立つ。
その間に、李典の手が蘭丸の小さな頭をポンポンとなでる。

子ども扱いにカチンときた蘭丸は、李典の手を振り払いキッとにらみつけた。

「やめてください李典殿」
「なんだよその目は」
「別になにも」

「おまたせ、はい、りんごジュースですよ。注ぎますね」

ペットボトルを持ってきた伊智子は、空になっていた蘭丸のグラスにトクトクと注いだ。。
蘭丸はにらみつけていた視線を外し、ジュースの注がれたグラスと横でにこにこする伊智子をと交互に眺めた。


「……ありがとうございます。
注いで頂いて申し訳ないのですが、りんごジュースではなくみかんジュースのほうが飲みたいので伊智子のものとこのまま交換していただけませんか?」


少し申し訳ないような顔をして言った蘭丸は、みかんジュースの注がれた伊智子のグラスを指差して言った。
李典が「は?」と呟いていたのは無視していた。


「えっ?これ?いいけど…私、ひとくち飲んでますよ?」
「ええ、問題ないですよ。失礼」

蘭丸は腕を伸ばして、キョトンとする伊智子のグラスと自分のグラスを交換した。
そして、そのままみかんジュースをこくっと一口飲んだ蘭丸は、グラスに口をつけたまま隣の李典の顔をチラリと一瞥した。


「ふん」


勝ち誇ったような顔をしたのは、李典の思い過ごしか否か…それは本人にしかわからない。
しかしその挑発するような視線を受け、アルコールの入った李典は簡単に額に青筋を浮かべてしまう。



「はあ!?なんだよそれ、中学生かよ!」


「なんのことですか?李典殿はそっちでお酒飲んでいれば良いでしょう」

「……おい伊智子!飲め!これ!今すぐ!」


売り言葉に買い言葉の李典がビールがなみなみ注がれたグラスを伊智子の目の前に差し出した。
いきなり飛び込んできたアルコールのにおいにウッと眉をひそめた伊智子はぷいと顔をそむける。

「やだっ李典さんのソレお酒でしょ!飲まないですっ!」
「伊智子が飲むわけないでしょう。変なことをさせるのはやめてください、李典殿」

伊智子にすげなく断られ、間に座っている蘭丸にはグラスをつき返される。
そのままボディガードのように肩で壁をつくられて、完全に空間が遮断されてしまった。

「ぐっ……」

お子様だお子様だと馬鹿にしていたら、お子様だけでキャッキャウフフと楽しむようになってしまった。


「おいお前ら喧嘩すんなよ、ていうか今のはお前が悪い」


向こう側から、一部始終を見ていた張苞に呆れた声でそういわれ、返す言葉もない。
李典はほんのり赤くなった頬で、面白くなさそうに鼻を鳴らすとグラスに残っていたビールを勢いよくあおった。



「ん……おーい、誰か、酒…」


空のグラスを手持ち無沙汰にゆらしながら、新しい酒はどこだとあたりを見渡していると…

「李典さん、おかわりいるの?」

ビール缶を片手に蘭丸のむこうから伊智子がひょっこりと顔を出していた。

「お、ありがとよ。気つかわなくていいのに」
「お酌って1回やってみたかったんですよねえ」

ゆっくりと缶を傾けて、、グラスにビールをそそいでいく。

「ありがとな、伊智子」
「えへへ〜」


「ん…もういい、大丈夫…伊智子、いいって…おいこぼれるこぼれるこぼれる!!!あーーー!」


褒められた伊智子はビール缶を傾けすぎて、グラスのふちからビチャビチャとビールをこぼしてしまった。
あわてた李典がグラスを動かすと、表面張力でふんばっていた部分も無慈悲に李典の服を濡らした。

「あああ!ごごめんなさい!ごめんなさい!」

「あ〜〜〜、つっめてえ!伊智子、てめー!」

「ちょっと!李典殿グラス持ったまま動かないでください!ふきんを取ってきますから!全く仕方ない人たちですね」

「す、すまん……」
「ごめんなさ〜い…」

ぷりぷりしながらふきんを取りに席をたつ蘭丸と、びちゃびちゃの服でびちゃびちゃのグラスを持つ李典、ほとんど空っぽのビール缶を持ってしょんぼりしている伊智子。

そんな光景を、楽進は穏やかな表情で見つめていた。


「李典殿が楽しそうで良かったです」

「あれ…楽しんでるのか?」

「本人たちが良いならいーんじゃね」
「仲良きことは…よいことだ」
「ええ、そのとおりですね」

「ええ…?」

緑茶を片手にニコニコしている楽進の言葉に、理解しがたいと言う様に首を傾げる景虎は、景勝と朱然と3人ですでに一升瓶を一本空にしていたそうな。

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