Talks about the old days V

修道院の中はほの暗く、燭台の灯火とステンドグラスが取り込む太陽光が便りであった。中には数名の巡礼者が居り、女神像に祈りを捧げていた。ここの歴代院長の絵画らしきものが壁にびっちりと飾られており、女神像と相まって神聖な場所ながらも畏れを感じた。

「流石にこれじゃあ聞き取り調査は無理だな……」

静かな修道院で、ぺちゃくちゃと会話をするのはとてもはばかられた。

「向こうに扉があるわ、あっちへ行ってみましょう」

ゼシカが奥に進む扉を見つけたので、皆はそれに従って内部へと進んだ。

扉の先は中庭となっており、ここにも噴水があった。

マイエラ修道院には、修道士の他に聖堂騎士団と呼ばれる者たちが居り、修道院の警備に当たっている。建物の奥へと続く扉の前に立ち塞がっていて、青い服を着ている二人が聖堂騎士団である。彼らは修道士たちのようなローブでなく、兵士のように武装し、剣を携えることを許されている。そのことを知らないエイトたちは、そちらに向かおうとした。

すると、扉の前で警備に当たっていた二人のうち片割れの長髪の男が、こちらが近づくのに気づくと、前へ出てきた。

「何だ、お前達は!」

「怪しいヤツめ。中に入って何をする気だ?」

そう言われて、クローディアは自身が真っ黒なローブをまとい、フードを下ろしていなかったことに気づき、急いでそれを下ろした。彼女の美しい金の髪が陽の光に照らされて眩しく光る。だが、そんなことをしてる間に、騎士団の一人はエイトの胸元を押して突き飛ばした。

「な!?」

後ろにいたヤンガスが、よろけたエイトを支えた。

そして、ヤンガスとゼシカが抗議の声を上げる間もなく、突き飛ばした長髪の男が言った。

「この先は、許しを得た者しか、入れてはならぬと決められている!」

続けて、警備にあたっていた剃髪(ていはつ)のもう一人のが剣に手をかけながら声を荒げた。

「この聖堂騎士団の刃に掛かって、命を落としたくなくば、早々に立ち去るが良い!」

何て横暴な、と思った矢先。二階の窓がバタンと音をたてて開いた。そこから見えたのは、黒い髪をまとめて後ろに流し、鷹のように鋭い目付きをした男。深緑の瞳と、聖堂騎士団の証である青い服が印象的であった。

「入れるなとは言ったが、手荒な真似をしろとは言っていない。我が聖堂騎士団の評判を落とすな」

低いが、透き通った声色でその男が話す。どこか冷たさを孕んだように聞こえた。

「こ、これはマルチェロ様!? 申し訳ございません!」

慌てた様子で、警備にあたっていた二人は膝まずき頭を下げる。

「私の部下が、乱暴を働いたようですまない。だが、余所者は問題を起こしがちだ。この修道院を守る我々としては、見ず知らずの旅人をやすやすと通すわけにはゆかぬのだよ」

丁寧な口調だが、彼の瞳は冷たくこちらを見下していた。

「ただでさえ今は内部の問題に手を焼いているというのに……。いや、話がそれたな」

彼はほんの少し手を顎に当てて愚痴をこぼした。が、すぐにこちらへと目を向けた。そして、パチン!と左手の指で小気味良い音をたてた。

「この建物は、修道士の宿舎。君たちには無縁の場所では無いかね? さあ、行くがいい。部下たちは血の気が多い。次は私も止められるかどうかわからんから……な……!?」

マルチェロは、眼下にいる旅人の中に、見覚えのある顔を見つけた。それは、二十年も前に出会ったときと変わらない相貌で。

「マルチェロ様……?」

窓を開けた彼の部下が不思議そうに名を呼ぶ。

「クローディア……なのか?」

「あ、ああ……、まさか………マル、チェロ様……?」

エイトたちは、そのやりとりを驚愕の眼差しで見ていた。何故なら、今まで何事にも動じなかったクローディアが、怯えたように震えて二階の窓を見ているのだ。そこにいるのは言わずもがな、聖堂騎士団長のマルチェロで。マルチェロは信じられないものを見る目で彼女を見つめていた。

「お前たち、そこの金髪のレディをお連れしろ。その人は私の客人だ、丁重にご案内しろ」

そう言うと、マルチェロは身を翻して窓際から去った。

「……クローディア、その…… 」

エイトは困ったように話しかける。クローディアは変わらず震えていた。

「あぁ、先に行っててください。話が済み次第、宿場町へ向かいますから……」

そう言い終わると、警備にあたっていた長髪の男が、クローディアを先ほどと違い丁重にエスコートし、宿舎へと入っていった。

取り残されたエイトたちは、彼女が連れられていった方を困惑したように見ていた。

そして、修道院でこれ以上の捜索は不可能と見た彼らは、すぐ先にあるドニの町へ向かい、宿を取ることにした。

「どうしたのかしら、クローディア。あんなに怯えたの見たことないわ……。というより、ほんの少ししか一緒に過ごしてないから何も言えないけど」

「……わからないな」

「マルチェロとかいう兄ちゃんを見てから、あんな風になったでげすよ。あの兄ちゃんと昔何か嫌なことでもあったんでげすかね?」

ヤンガスが言ったことが、可能性として大きいのは確かだった。

「……とりあえず宿を確保しよう。考えてても仕方ない」

クローディアが抜けた一行は、どこか暗い雰囲気になってしまった。当の本人は、聖堂騎士団長の部屋へと連れられていく間、生きた心地がしなかったわけだが。

彼女は、どうして彼に再会してしまったのか、フードをあのとき取らなければ良かった、と心の底でぐるぐると考えていたのだった。

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