02


「君についての噂は聞き及んでいるよ、ノエ=エトワールくん!なかなか強いとの噂だけれど、しかしこの僕の新作魔法の前には手も足も出なかったようだねえ!野蛮な脳筋軍科から推薦をもらったようだけど、この様子を見ると大したことはないのかな?……いや、あるいは!この僕の神業的魔術にはいかに天才といえど敵わないということか!ふふ、ふふふ、これは良い泊付けになるねえ!ははあ、軍科の顔に泥を塗ってやったぞ!」

……よく、喋るなあ。

ディーロイ副会長は俺達を捕らえた檻の前でカッコつけたポーズで立ち、相変わらず芝居がかった口調で、よく通るテノールで喋り続けている。
とっととトドメを刺せばいいのに(言わないけど)、このように棒立ちでスピーチしているのが彼の脇の甘さということなのだろう。

ディーロイ副会長はひとしきり勝ち誇った後、今度は新作魔法の考察モードに入ったようだ。
話のトーンをいくらか落としてぶつぶつと呟いている。

「……しかしこりゃあ思ったよりも丈夫な檻ができたな……事前の計算ではここまでの筈ではなかったのだが。ああ、もしや要同士でシナジー効果が起きているのか?だとしたら誤差というにはいささか大きすぎる効果の違いに説明がつく……」

ディーロイ副会長の考察タイムはなおも続く。どうやらこの人は生粋の研究者気質らしい。興味の対象を見つけたら一直線、駆け引きは苦手、と。これなら……

俺は隣のフレディにこっそりと耳打ちする。

「3分でいい。あの人と喋って時間を稼いでくれないか。それでこの魔法、破ってみせる」

フレディは俺の言葉に少しだけ目を見開いた後、釈然としない様子で眉を寄せて頷いた。

「……仕方ない。このまま敗退は勘弁だしな。任せろ、稼いでやる」




「おい、さっきから黙って聞いていれば……なんですか、その言い草は。僕を鼠と同列に語るなんて聞き捨てならないのですが」

フレディが苛立った様子でディーロイ副会長に喧嘩を売った。演技……だよな?半分くらい本心とか、ないよな?

「「「そうだそうだ!レクシス様に失礼だろう!」」」

おお、打ち合わせもしてないのに、取り巻き連中もいい味出している。

ディーロイ副会長は思索にふけるのをやめて顔を上げると、にたあ、と笑った。

「……誰かと思えば。黒猫くんに主席の座を奪われた次席のフレディ=レクシスくんじゃないか。この状況じゃあ、負け犬の遠吠えにしか聞こえないねえ?」

煽る煽る。

フレディとディーロイ副会長の応酬は間を置かずに続いている。……いやあ、驚いた。フレディは口が上手く駆け引きに長けた政治家タイプだったようだ。
時折挟まる取り巻き連中の野次も上手いこと重なって、ディーロイ副会長はすっかりそちらに気を取られている。
時間稼ぎとしては上々。

俺は意識を集中させ、魔力の痕跡を探る。
この魔法、おそらくは魔力を込めた石かなにかをいくつか用意し、石が囲った範囲を檻として変化させているのだろう。
魔力は既に石に充填済みなので、発動させたディーロイ副会長は消耗ゼロというわけだ。

俺の推測通りなら、この檻に魔力を供給している要石が近くにあるはずだ。
それを破壊すれば檻は壊れる。

フレディ一行とディーロイ副会長との応酬をBGMに、俺は目を閉じ呼吸を整えて気配を探った。
狙い目は、発動時に一瞬見えたあの光。

……見つけた!

俺は小さく呟いた。
「そこだ……!『射抜け、光よ』!」

俺が放った光の銃弾は、寸分違わず狙いの位置に着弾。その先にあった小さな赤い石は銃弾を受けてぴしり、とヒビが入り――

「……ん?あ、あああ!」

ディーロイ副会長が事態に気付き頭を抱える。

がらがらと音を立て、檻が崩れていく。魔力で形成された檻は崩れた後には何も残らない。

「「「?!」」」
状況が飲み込めない取り巻き連中。
「よくやった!」
小さく拳を握ってガッツポーズするフレディ。ディーロイ副会長はといえば、

「よくも、よくも僕の新作魔法を台無しにしてくれたねえ?!ああ、あーあ、もう!」

地団駄を踏んで悔しがっていた。

皆が背を向けて散り散りに逃げ出す中、俺は『相方』のフレディの腕を引き一緒に離脱する。
フレディが緊張したように体を固くしたのがわかった。俺に触られるのが嫌なのか?

「残念!捕まえたらすぐブレスレットを奪うんでしたね!」

こんな捨て台詞を残せば、ディーロイ副会長は歯軋りが聞こえてきそうなほどに悔しそうな顔をした。

今くらいどや顔したっていいよな?


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