04
がさっ、という葉ずれの音すらも俺達をびくつかせる。
いいや、落ち着け。
落ち着いて、最善の道を探れ。
俺は目を閉じて必死に頭を冷やして思考を回した。
どれくらいの時間が経ったか。30秒程度だったかもしれないし、10分は考え込んだかもしれない。
長考の後に俺はゆっくりと目を開けた。俺の目の前で黙りこくって浅い呼吸を繰り返しているフレディを見た。
ああきっとこいつは、死の淵に立たされるのは初めてなんだろう。当然といえば当然だ。
この年で俺みたいに三度も四度も死にそうになることの方が珍しいのだ。
俺が、なんとかしないと。
そう思ってみれば肝は座り、ゆっくりと頭の中で最適と思う解を弾き出す。その過程で、
――ん?俺、今まで4回も死にそうになったことがあったか?奴隷小屋に連れていかれて1度、処分されそうになって1度、そして今……あれ?残りの1回は、どこで――
小骨のように引っかかった違和感が渦巻いたが、今はそれどころではないと頭の隅に追いやる。すると次の瞬間には、その違和感は思い出せなくなっていた。
「……フレディ。落ち着いて聞いてくれ」
俺が口を開くと、フレディはびくりと肩を震わせて擦れた声で「ああ、」と返事をした。
「魔物が人間を襲うのは、人を喰らうことで人の生命力や体内に溜まった魔力を自分のモノにするためだ」
「……?」
それがどうした、と言いたげな瞳が俺を捉える。俺はごくりとひとつ唾を飲み込んで言う。
「……魔力に反応して襲ってくるわけだ。ここで問題。魔力量の異なる2人が、結界の中を逆方向に逃げたら魔物はどうする?」
俺の問いを受けてフレディの瞳が大きく見開かれ、揺れた。――答えを待つまでもないようだ。俺は極力落ち着いた声でフレディに告げる。
「うん、当然魔力の多い方を捕獲しようとする。つまり俺を追っかけてくる。魔物の作る結界の面積は魔物の周囲500mってところだ。魔物本体からそれだけ離れれば結界からは出られる」
「おい、ノエ」
フレディの声が震えた。
狼狽が伝わってくる。
「お互いに逆方向に走るわけだから……多く見積もって500m。そんだけ逃げれば大丈夫だ。フレディは助かる」
「やめてくれよ、僕に、」
俺の言葉を遮ろうとするが、俺はフレディの肩をぐっと掴み言葉をつぐ。
「大丈夫だ、それくらいの時間は余裕で稼げるから、」
「僕にきみを見捨てろというのか!」
フレディが声を荒らげて俺を睨みつけた。唇を震わせて、上目遣いに俺を見る。始業式の時に受けたものとは全く別種のその視線。
ああ、やっぱりいいやつじゃないか。
俺は少しだけ笑って、すぐに厳しい表情を作った。
「この状況、2人で緩やかに死ぬか、1人が危険を冒すかのふたつにひとつだよ。時間が無いんだ。――追いかけてきたら恨むからな」
「でも、」
「大丈夫、策はあるんだ。今日最初に会ったあの場所で落ち合おう。……じゃあな」
そう言うなり俺は一方的に会話を打ち切って踵を返した。フレディに背を向けて駆け出す。
ちらりと後ろを見れば、噛みちぎらんばかりに唇を噛み締めたフレディが決意したように顔を上げて身を翻して走り出すのが見えた。
「……良かった」
ほっと息をついたのも束の間。
俺の背後にどこからともなく、禍々しい気配が現れた。
――結界の主である。
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