03
念のために遭難防止用の印をそのあたりの木の幹につけた。蛍光色に光るバツ印は遠目にもよく見える。
そして俺達は嫌な空気に冷や汗をかきながらもといたエリアに戻るため歩き出した。
フレディは言葉少なだ。
俺も流石にこの状況では軽口を叩く余裕もなく、逃げてきた方向に記憶を頼りに進む。
歩き始めて10分ほど。
「……」「……」
気まずい空気に耐えかねた俺は、アルバ達に通信を入れてみることにした。
通信機の耳あて部分にある石を押さえて発信を試みる。ところが、
「……あれ?」
――繋がらない。
俺が眉をひそめるのと、数歩前を歩くフレディの足が止まるのが同時だった。
フレディがぎこちない動きでこちらを振り返る。その顔色は蒼白、表情は嫌な予感に引き攣っている。フレディは俺に震えを抑えたような声で言った。
「……ノエ、悪いニュースがある」
俺も笑う余裕もなく、応じる。
「奇遇だな、こっちにも悪いニュースがある。……まあまずは、そっちのニュースから聞こうか」
俺の言葉を受けたフレディは、無言で片足を引いて背後を、すなわち進行方向を指し示した。
蛍光色のバツ印。
紛れもなく、つい10分ほど前に俺がつけたモノだ。そしてこれまで俺達はまっすぐに方向を変えることなく歩いてきた、はずだ。
慌てて俺は持ってきていた方位磁石を取り出して確認する。頼みの綱の針は
「……こりゃ、参ったな」
ぐるぐると不規則に回っていたのだった。
俺がしばし絶句しているとフレディが言う。
「……そっちの悪いニュースも聞こうか」
これは笑い事ではなさそうだ。俺は装着した通信機を軽く叩いて、その情報を告げた。
「通信機が繋がらない」
この通信機が繋がらなくなったのはなぜか?
仮説そのいち、『故障』
これは否定できる。見る限り俺の手持ちの通信機に異常はないし、ほかの誰かが壊したのだとしてもまだ残り3台ある。この短時間のうちにアルバ、リール、シュカ、サーシャの4人ともが壊したとは考えにくい。
仮説そのに、『距離が離れすぎた』
これも否定できる。先日のテスト運転で、少なくとも学園敷地内の距離ならば問題なく動くことが確認できている。
つまり、それ以外の要因で通信機の魔力が届かなくなったということ。
届かない魔力。
ぐるぐる回る方位磁石の針。
まっすぐ歩いていたのに同じ場所にたどり着いた。
以上のことから導き出される現在の状況は、――
「……最悪だ」
俺は思わず呟いた。
肝が冷え、思考は逸る。
フレディもおおよそ同じ結論に達したようで、顔色をさらに悪くして唇を噛んでいる。
『魔力結界』。
中位以上の魔物の中には、自分の周囲500mほどの範囲に固有の結界を張って餌を閉じ込め、消耗させて食らうタイプのものがいる。
そのような結界は、1度入ってしまうと結界の主が解放するか死ぬかするまで出ることはできない。また、結界の中から外に魔力の動きが漏れることはない。
つまりこの状況は。
俺達は今“エサ”であり、中位以上の魔物のテリトリーに入ってしまっていることを意味していた。
基本的に中位以上の魔物は、魔物駆除に慣れたベテランが数人がかりで対処するもの。成績が良いとはいえ所詮アマチュアの俺達でどうにかなるレベルのシロモノではない。
そんな強力な魔物が、
――すぐ近くにいるのだ。
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