06


一陣の風が吹き、目を開けたそこには――
「おう、そこまでにしな」
ざらっとした低音が俺の鼓膜を震わせる。

そこには、俺を庇うように立つ全身上から下まで真っ白な男がいた。

養父アドニス公すらも着ないような質のいい純白の衣服を纏い、背中まである長い白髪がさらさらと風に靡く。

こちらに背を向けているので目の色や表情は判然としないが、ところどころ覗く肌の色も雪のように白いことが分かる。


この世のものとは思えないほど美しい男だった。

『……誰?』

思わず日本語が漏れる。
だいぶこの世界の言語にも慣れたと思っていたのだが、人間、本当にたまげた時はやはり母語が出るらしい。

男は俺の方をチラッと見やったがすぐにタランチュラの方へと視線を戻し話し続ける。

「中位の虫けら風情が、俺の“ご主人”を食おうってか?そうはいかねえよ、どうしても喰いたきゃ俺を殺ってみせな?」

不敵に微笑んだその男の仕草はどこか芝居がかっているようだった。
タランチュラの言っていることは俺には分からないが、なにやら威嚇してきていることは分かる。

……ん?ちょっと待った。
なんだ“ご主人”って?

俺が謎の単語に首を捻っていると、男はタランチュラの言うことが分かるのか反論を始めた。
やれやれだぜ、といった風なジェスチャー付きだ。やっぱりどこかわざとらしく感じる。

「はあ、これだから知能の低い中位は視野が短期的なんだよなあ。俺も昔はこんな感じだったのかねえ?……お前の言ってるそれは、金の卵を産むガチョウの腹を裂く行為だってこったよ」

それでもタランチュラはなおも退かず、じりじりとこちらとの距離を詰めてきている。
俺は忘れかけていた冷や汗が再び背中を流れるのを感じた。

男はと言うと、ふぅとひとつため息をついて眉を下げると、

「ほー?なら、しょうがねえなあ?」

しょうがない、なんて言い方では絶対なかった。その言葉の端々からは待ってました!とでも言わんばかりの歓喜が溢れているように思われた。戦うことが好きな質なんだろう。

――一閃。

俺の目に捉えられたのは、男が懐からなにか刃物のようなものを抜いてタランチュラになにかしら攻撃を加えた、ということくらいだった。
自分に向けられていたら自覚もないうちに死んでいたに違いない。

タランチュラもまた、俺と同じだったようで。
やつは自分が死んだことも自覚せぬまま息絶えた。

男は鼻を鳴らしてタランチュラ“だったもの”を足蹴にした。セレブな見た目をしている割に言動の荒いやつらしい。
げしげしと蹴り飛ばした後、男は俺に向き直って美しい笑顔を作った。
真紅とアイスブルーの宝石のようなオッドアイがこちらを見ていた。

「さて、お話しようぜ、“ご主人”?」

……そう、それだよ。なんだよ、ご主人って。


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