02
猫又はぴん、と右手人差し指を立ててこんなことをのたまった。
「なあなあご主人。俺と“契約”しないか?」
魔物との契約。
あまり良い感情はないな。
この単語を聞いて俺の脳裏を過ぎったのはリールの顔。
眉を顰めたのが分かったようで、猫又は頭を掻いて苦笑した。
「……その顔、魔物との契約には抵抗があるか?」
「……まあな。それで酷い目にあってる奴を知っているからいいイメージはないな」
隠す必要も無いので率直に答えると、猫又は納得した様子で頷き、肩を竦める。
「……ま、タチの悪い奴は本当にタチ悪いからな。とりあえず、話だけでも聞いちゃくれないか?」
いいイメージがないとはいえ、ここで断るのは得策ではなさそうだ。
今俺の目の前にいるのは、少なくとも俺の命を一瞬で屠れるレベルの実力の持ち主なのだ。
無下に断った結果「そうか、なら死ね」……なーんてことにならないとも限らない訳だし。
せっかく拾った命をむざむざ散らすつもりもない。
――それに。
こちら側にも少なからずメリットのある話ではある。
魔物との契約では、条件によっては人間の知らない魔法や禁術の類を教えてもらうことも出来る。……と、以前図書館で読んだ本にあった。
ならば、リールを苦しめている契約の証たる瞳を何とかする方法が分かるかもしれない。
俺が元の世界に戻る方法も。
まさか話を聞くだけで対価が発生するわけもあるまい。
俺は1分ほど考え込んだ後、猫又に訊ねることにした。
「話を聞く前に質問があるんだが」
「俺に答えられる範囲なら」
「契約の内容や俺の質問に関してお前が嘘をつくことはあるのか?」
固い表情で問うと、猫又は首を横に振った。
「魔物は“契約”に際して一切の嘘をつくことが出来ないんだ。破ったら消滅しかねないレベルの縛りなんで、そこは信用してくれていいぜ。答えられることには必ず真実を答える。答えられないことには『答えられない』と答える。ただ――」
「ただ?」
「『事実の一部を敢えて伝えない』ことは禁止されてない。所謂『嘘“は”言ってない』ってやつだな。さっき言った、タチの悪いのは本当にタチ悪い、っていうのはそれだな」
「……」
「まあ、俺はお前に恩義があるしそこまで外道なこたぁしねぇよ。穴をつくような卑怯な契約は嫌いだしな。安心してくれや、ご主人」
……信じてよさそう、か。
今の俺が抱える問題をショートカットできる可能性があるなら、話を聞く価値はありそうだ。
俺は不敵な笑みを浮かべる猫又の目を真っ直ぐに見つめて応じた。
「――話を聞こうじゃないか」
「そう来なくちゃ」
猫又の八重歯が牙のようにきらめいた。
←|88/101|
→
しおりを挟む
戻る
top