鏡を見ながら短めの前髪を整える。
ほんのり日に焼けた肌もプラスされ本当に男の子みたいだ。

男は男らしく、女は女らしくしなきゃ… それは母の口癖。
女なのに男みたいな姿の自分に口が酸っぱくなるくらいよくいっている。

母と子の2人暮し、父は女を作って出ていってしまったろくでなしだ。
家計を守るのは私の肩にかかっている。
その時から私は女を捨てて、“私”ではなく“僕”といい、身なり構わず男がするような仕事も幾度とこなしてきた。
でも性別は変えられないため、女だとばれると時給も簡単に下げられ、ピンハネされることもしばしばあった。

今日は長く勤めていたスタンドの仕事を辞めてきたところ、そして途方に暮れているところ。

「なんで辞めちゃったの?」と幼馴染のジェファンがいうので「女だってバカにするし、ピンハネばかりするから頭にきて殴って辞めたの」というと。

「なんか#リン#らしくないね」と彼がいった。

「そう?いつまでもそれが続くと誰だって限界が来るよ」

「そりゃそうだけど…これからどうするの?」

「なんかまた探す、フラフラはしてられないもん」

とはいうが正直この不景気のおいどっこいとは見つからないし高収入な条件のいい仕事は余計に見つかりはしない。

「あ〜もう風俗しかないのかな〜」と少々投げやりにいうと、「え!!」とジェファンが驚いた反応をした。

「冗談だよ」というと「なんだ」と安どの表情を見せる。

ジェファンは本当にイイ奴だ、こんな私の事も心配してくれるなんて。
韓国から留学生として日本にやって来た彼は優しくて楽しい人物で人気者。日本語も堪能で理解も出来る。彼とは家も近いからすぐに仲良くなった。学校に行っていた頃は一緒に行ったりしていたけど、私は途中で辞めてしまった。
でも頭のいい彼は大学に進むことになり、私は自分のことのように嬉しかった。でも彼はもうすぐ母国の韓国に帰ってしまう。

「僕、君を置いて韓国帰るの心配になってきたよ」

「大丈夫だよ、たくましく生きていくから 、あ!それから見送りには行かないからな」と笑顔で答えるが、ジェファンはなんともいえない表情をしていた。




今日、ジェファンが韓国に帰る。

彼の見送りには行かないつもりでいた。人気者の彼にはたくさんの見送りがいるだろうし…それに顔を見たら泣いてしまうかもしれない。
それでも、遠くからそっと見送ろうと思って空港まで向かったが、やっぱり引き返して来てしまった。ポッケに入れているスマホがブルブル振動している。きっとジェファンだ。なん度もLINEやTELをしてきているけど一切無視した。落ち着いたなにかしらの連絡は入れようと思っている。

連日の雨のせいで水捌けの悪い所は水溜りになっていて、車が通る度に濁った水が跳ね上がる。それを避けながら歩道を歩いていたのだが、大きな車が勢いよく泥水を跳ね上げた。
「あ!」と思った瞬間、避ける間もなく顔面から思いっきり被ってしまった。泥が口や目に入った。目は開けられず、口の中はジャリジャリして苦い。

最悪… と思った瞬間、スイッチが入った。水を跳ね上げていった車を追いかけた。
ちょうど信号が青で信号待ちをしている。
「ちょっと!窓開けろよ!」
ドンドンと窓を叩くと、運転手が左の窓を開けた。
車は左ハンドルだったようで右の窓を叩いていた自分が妙に恥ずかしかったがそんな事は気にしていられない。

「なにか」

運転していたのは若い男だった。

「なにかじゃないよ!この車が水跳ねあげてこんなんになっちゃったんだよ!どうしてくれる!泥だらけになったじゃん!!」

「そうは云われましてもこちらだけの責任ではありません、お金を請求されているのですか?」

運転手は淡々としていた。それに変な威圧感があった。

「は?」

お金って…この手の人種って何でもお金で解決出来ると思っているのだろうか…。

「どうした」後部席から声がした。静かで落ち着いた声だ。
「すいません、ボス…」と運転手の男が後部席の人物に謝罪した。どうやろ相手は彼の上司のようだ。
何やらこそこそと話をした後、後部席のドアが開いた。

「車の中へどうぞ」と運転手の男は#リン#に車に乗るように指示をした。
「え…」
戸惑ったのは#リン#の方だ、泥だらけでずぶ濡れの自分が高級車の中に入ってもいいんだろうか。
「早く乗れ、もうすぐ信号が変わる」クラクションが鳴りはっと我に返り後ろを見ると、何台か車が並んでいて早く行けよとばかりに罵声を浴びせていた。

ええい、もう!とばかりの車の中に飛び乗った。
勢いで乗ってしまったけど、どうしよう…と考えているうちに車は動き出していた。
服や髪が濡れて気持ち悪い…

「ドブネズミみたいだな」と言われ、ムッとした。

それと同時に驚愕した。
運転手にボスといわれていた人物がとんでもなく美しい男だったからだ。
自分を物珍しく愉快そうに見ている。肌は白く雪の様、それとは対照的に瞳と髪は漆黒の闇の様だった。
見つめているとその闇に吸い込まれていきそうだ。ずっと見ていられない。

「あの…すいません。車…汚してしまった」小さく謝ると「かまわんさ」とさほど気にしてはいないようだ。
そこから会話が成立しなくなった。なんて言ったらいいんだろう。

沈黙が苦しい…

彼の視線を全身で感じる、観察されているみたい…

「おとなしいんだな、さっきの威勢はどうしたんだ?」

この人との距離がとても苦しい…

「あの…もう降ります…車を停めてください」と言ったが男は聞こえなかったのか返事をしない。

「もう停めて!!」と大声を上げた瞬間、クラリとめまいがし目の前が真っ白になった。

そうだ、ここ何日きちんとした食事してなかったんだ。



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