不可視

何時から違ったのだろうか。少女と少年の歩むべき途は。
どの時点から違ったのか。どの分岐点から変わったのだろうか。誰が間違えたのか。何を間違ったのか。どのような選択をしていれば、結果は変わったというのだろうか。

全ては代替可能だと言う者もいるだろう。それでも、運命だと受け入れるしかない彼ら達の結果は、あまりにも悲惨だったと言えよう。





雲に覆われ、くすんだ空の下。燃え盛る炎。目が眩んでしまう様な火の赤が辺りを埋め尽くしていた。ぱちぱちとはぜる音が、空気を飲み大きくなっていくばかりだ。
その全てを燃やしつくされた孤島は、鬼ヶ島と言った。新世界に在り、ある種の伝説が存在する島。ひっそりと、平和に、そして脈々と紡がれていた理。
しかし、その理も、歴史も文化さえもここで滅びようとしていた。なぜなら、その文化を継承するはずの住民の中で息をしているのは、一人の少女と一人の少年だけであったからだ。他に島の中で息をしているのは、凄惨な状況を作り出した強欲な者達である。

肉親を殺され、親類を殺され、友達を焼かれ、家を焼かれたその少年と少女は、強欲なる者たちに、苦渋の決別を強いられた。
死ぬか、生きるか。
二人が共に生きる選択肢は、そこにはなかった。

「シャーク!!!!」
「オーガ!!!!」

子供の力では、大人の力には敵わない。ましてや、力が覚醒していない、子どもなど、赤子も同然だった。それを少女と少年は理解していた。だからこそ、少年と少女は、声が枯れ果てるまで叫んだ。互いの名を。止め処無く溢れてくる涙を止める事等せずに。まるで、なにかに刻みつけるように。



シャークは海兵に、オーガは海賊にその身を引き取られ、二人は引き離された。海軍と海賊の利益の優先によって、なされた強行だった。

そして、二人は告げられる。「もう兄妹には永遠に会えないだろう」と。
何故ならば、その力故に。
何故ならば、その生い立ち故に。
手離されることがないと断言できるからだった。
その事実が、更に二人を絶望の淵に追い詰める。

いつしか二人の目には全て白黒の濃淡に映るようになってしまった。どれだけ鮮やかなモノを見せられても、彼らの目に、色は映らない。
唯一例外だったのは、燃えるような赫、だけである。孤島を包んだ火の赫と孤島で幾多の流るる鮮血の赫が彼らの目に焼き付いて離れなかった。
齢5歳にして、失ったものが多過ぎた。もう、その身しか残っていなかった。その哀しみは、そのちいさな背中に負うしかないという事実が、二人を蝕んでいく。

そして、目まぐるしく数日が経った。もう、全てに絶望していた。どうにもならない状況への諦めによって、途絶えることのなかった涙がようやく枯れ果てるように止まった。
彼らは、理解していた。その知能を持っていた。だからこそ、隠さねばならぬことも知っていた。
けれども、此れからを生きる為にも。彼らは強く決意したのだ。
誰もいない事を確認してからそっと呟く。

「……絶対……会いに行くからね、オーガ。それまでは、どうか死なないで」
「……絶対……会いに行くからな、シャーク。それまでは、どうか死ぬなよ」

涙で赤く腫れた縁の奥。瞳には憎悪と決意の灯火が宿っていた。
それが、後の戦争への加担へと導くものだったのは、一体何の因果だろうか。当然と言えば当然だった。偶然と言えば偶然だった。けれども必然の出来事ではあった。後に世は大海賊時代を迎える。その前のほんの序章に過ぎなかった。
狂い軋み始めた歯車を誰が止めることが出来ようか。






不可視
(もう、みえない。しあわせな、ひびなど)

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