不思議

海賊王ゴール・D・ロジャーの死刑の日から、大海賊時代が始まりを告げた。それが、10年前の事である。現在では我こそその一つなぎの大秘宝を得るのだと、血気盛んな海賊共が海に蔓延っていた。
それと同時に、過去の悲劇にも早数年が経っていた。正確に言えば13年前。当時は、鬼ヶ島の悲劇として極少数の人達に知れ渡ったが、鬼ヶ島は生憎外との交流が極端に少なかったため、海軍が揉み消しを繰り返し、今では風化し、出来事を知っている人がいるかも怪しかった。既に鬼ヶ島という島の存在すらあったのかどうかも、危ぶまれるほどであった。

その出来事を知る当事者の小さな子どもはもう分別を弁える者へと成長していた。



雲は戦慄き、波はざわめき、稲妻は走り、雨は吹き荒んでいた。海は、確かに荒れていた。
その様子が見渡せる海軍本部の一室。組織において最も高い地位である元帥の机の前その少女は立っていた。
見る限り15,6歳程だった。しかし、既に彼女は20歳となっていた。まだ女性とは言い切れない顔立ちだが、15年という歳月が確かに彼女を成長させたことが伺える。すらりと立つ姿勢は気品が漂い、元帥の方を怯むことなく見つめ返す視線によって、ぴんとした空気が張り詰めていた。質の良い純白の白いワンピースから出る手足は雪のようにのように白く目に眩しい。白銀に艶めく長髪は身動ぎで緩く揺れた。
部屋の主である元帥は、椅子に腰掛けながら黙って、少女を見つめ返していた。

「センゴク元帥…」
彼女は相手の名を呼ぶ。ずっと聞いていたくなるような、優しく響くそんな声だった。
しかし、言葉を発した本人は、困惑した表情だった。眉間には深く皺が刻まれ、彼女の唯一の色彩である桃色の瞳は、当惑の色を示していた。

「…何が、不服だ。」
訝しげに少女を見上げたセンゴクは、彼女の話を促すように、間をおいた。センゴクの言葉は威圧的だった。表情は堅いまま。それに圧されたように数分の沈黙が続いた後、白銀の女性は口を開く。
「……何故、私が海軍に?」
それは切実な言葉だった。疑問を乗せた声。その言葉を発した後、俯く。繊細で綺麗な声が、心なしか震えていたようだった。それは怒りでなのか、恐れなのかは分からない。俯いた表情からは読み取ることも叶わない。

「お前には、その才がある。力がある。それが今欲しいのだ。」

その様子を見ながらも、きっぱりとセンゴクは言い切った。なんだそんなことかと言わんばかりの、決まりきった言葉を重ねるように。
その決断に焦りの色を示し、少女は顔を上げる。

「…お言葉ですが、それでも私は実験台として此処にいるのです。私の入隊には異議や異論の者もいるはずです……!」

その表情は必死だった。切実だった。理解しつつも、納得できないことが如実に現れていた。だが、まるでその物言いは、まるで他の者が反対するから海軍になることに躊躇している、とも取れる。

しかし、元帥は言う。
「構わんだろう。お前には全てを叩き込んだはずだ。……それでも、不服と言うならば、その実力で示せ。」

鋭い視線で、センゴクは少女を見据えた。少女はその視線に、焦りは身を潜めて、唯相手を見つめ返した。

「実力……?」

ぽつり、と小さな声で呟く。分からないという疑問でもあったが、自身を理解させるように呟かれたものでもあった。
彼女の呟きに、センゴクは頷く。

「実力で文句を捩じ伏せろ。此処では実力がなければ生き残ることなどできない。」

がたり、とセンゴクは席から立ち上がった。そして少女の目の前に威圧的に立つ。その瞳は揺らぐことはない。
かたかたと、少女は僅かに体が震えていた。それは確かに怯えだった。哀しみでもあった。しかし、彼は続ける。

「……これは命令だ。ツーシャオ・シャーク。今日から、海軍本部伍長の地位を持って海軍に入隊することを命ずる。」

無為を言わさぬ物言いに、シャークは押し黙った。
暫くして彼女は、敬礼を捧げた。それは誓いでもあり、戒めでもあった。
雲の切れ間から、僅かに光が漏れたのを眺めながら、彼女はその場を後にした。






不思議
(追い風はこちらに)(期は満ちた)





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