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「今日も愛してんで、名前ちゃん。」


今日も宮くんは、いつものように廊下側の窓から身を乗り出し、廊下側の席に座る私に向かって戯言を囁く。




「左様ですか。それはそれは恐縮です。」


そして今日も私はいつものように、宮くんには一切目を向けず、今日提出予定の課題をやりながら適当に相槌をうつ。




「あんたらどんな関係性なん?」


私と宮くんが繰り出す混沌とした状況に、友人が不思議そうに尋ねる。




「どんな関係って‥‥今は『友達以上恋人未満』やんな?ま、恋人になるのもそう遠くはないやろけど。」




「『いいお友達』の間違いじゃないですか?大体『友達ならなってもいい』って私言ったよね?友達なら以上も未満もないと思うけど。」


ふざけたことを抜かす宮くんを気に留めず、課題を終わらせようと必死にプリントへ目を向ける。




「は?!友達から始めましょうってことやないの?ゆくゆくは恋人になれるんやないの?」




「ちょっ、字がブレるから揺らすな!それに『友達ならいいけど』って私は言いました!」


窓から更に身を乗り出し、私の肩を掴んで揺らす宮くんに、やっと目を向けて否定する。




「‥‥名前ちゃん、男と女に友情は成立せんのやで。」


冷静になった宮くんが含みのある言い方で私を諭す。




「いい加減目を覚ませば?」




「目覚めてんで。真実の愛にな。」


「‥‥さっむ‥‥鳥肌立った。」


爽やかに笑う宮くんが放った言葉により、ブルッと身震いする。




「ほんなら温めたろか?」


「私を温めたいのなら、早く自分のクラスに戻って。」


宮くんが窓から離れて両手を広げた隙に、ピシャリと窓を閉め、シャットアウトした。









ある日、私が最も危惧していたことが起こった。




「あなた、侑くんと付き合ってるの?」




教室で友人と机を囲み、昼ご飯を食べていたはずだった。


しかし気づけば、私の周りを見たことのない女の人たちが物凄い形相で取り囲み、リーダーらしき人が尋問してきたのだ。


この人たちは聞くまでもない、宮侑のファンクラブの方たちだ。


この状況に、私の向かい合わせで座る友人だけでなく、教室内にいるクラスメイトまでもが青ざめている。




「付き合ってないですよ?」


淡々と対応すると、素知らぬ顔で弁当箱に目を向け、口におかずを運ぶ。


こんな私は一見動揺していないように見えるかもしれないが、内心はかなりビクビクしているのだ。




「なっ!で、でもあなた、侑くんにべったりくっつかれているじゃない‥‥!」


私の態度に、ファンクラブの方々はギョッと驚いて立ちすくむ。




「あ、あれですか?あれは私をパシリに使ってるだけですよ。人間みたいな扱いは最早受けておりませんし。大体、こんなお綺麗なお姉様方を差し置いて、こんな愚民が付き合えるわけないじゃないですか。」




自分を卑下しながら、加えて『ほんとに皆さんお綺麗で』『このファンクラブは美人しか入れないんでしょうね』と彼女たちを褒めちぎると、お咎めを受けるどころか、気を良くしてお帰りになったのであった。


はっ、チョロいぜ。




「名前もようやるなあ。」


「自分の身を守る為ならプライドなんてドブに捨ててやる。」


重苦しい雰囲気から解放され、感嘆の声を上げる友人に、眉を上げながら悪戯っぽく笑ってみせた。




「ははっ、まあ名前のそういうところがウチは好きやけど。でもあんたも大変やなあ。」


「ありがとさん。‥‥まあ、時期に終わるでしょ。」




人間は『飽きる』生き物だ。

特に普段言い寄られている男なら、私以外の女に目がいくなんて時間の問題だろう。









「あのね、あなたに近寄られたら、あなた様のファンに抹殺されちゃうんですけど。」


今日も今日とて休み時間にやってきた宮くんに、眉根を寄せながら注意する。




「大丈夫やって、俺が守ったるから。」


「知らないね〜?大体ああいうのは、あなたの目の届かないようなところでコソコソ仕掛けるもんなんだから。付きまといのファンによる刺殺が死因とか親泣くわ。」


甘い言葉を囁く宮くんを嘲笑うかのように、顔を歪めて笑う。




「え〜名前ちゃん死ぬん?そん時は一緒に棺桶入って添い寝しよ。」


「うわぁ‥‥死体と添い寝するとか屍体愛好者かよ。」


宮くんの性癖を聞いて、背筋に恐ろしい戦慄が走った。




「名前ちゃんのためなら屍体愛好者にもなれるし、何なら死ねるけどな。」


「いや重い重い。勝手に一人で死にます。」


「そん時は心中しよか。名前ちゃんは土葬派?火葬派?俺は名前ちゃんに合わせるわ。」


「何それ。ゆくゆくはあんたと一緒に墓入らなきゃいけないってこと?」


「えっ、なんなんそれ。俺と一緒の墓入るとか逆プロポーズなん?」


まるでときめいている少女のように口に手を当て、潤んだ目で私を見つめる。




「‥‥どんな思考回路してんだよ。」




力なくツッコミを入れると、いつの間に来ていた次の授業の先生が『お前ら夫婦漫才も大概にしいや〜』と笑いながら注意したのであった。