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職員室に用を済ませ、自分の教室目指して階段をのぼっている時のことだった。




「あっ。」




向こうから下りてくる人物に、私は思わず身構えた。


一瞬侑くんかと思ったのだが、よく見れば全然違う人だった。


顔は侑くんにそっくりだが、髪型の分け目も違うし、何より私を見つけた時の反応が全く違った。




「そんな身構えんでも、俺は侑やないよ。」




私の目の前に立つ人物は侑くんではなく、治くんの方だったのだ。




「ごめんなさい‥‥一瞬そうかと思ったんだけど、よく見たら全然違いました。」


穏やかな口調の治くんに、失礼な態度を取ったことを素直に謝罪する。




「それは俺が、名字さんに飛びつかんからやろ?」


「まあ‥‥そうですね。」


治くんに指摘され、思わず苦笑いが溢れる。


しかし有名な治くんの名前を私が知っているのは分かるが、何故治くんが私のことを知っているのだろう。




「毎日毎日侑が迷惑かけとるみたいで、ほんまごめんな。家でも名字さんのことばっか話しとるよ侑。」


眉を下げながら謝った治くんが、呆れたように笑う。


治くんが私のことを知っているのはそういう訳だったのか。

治くんの方こそ、私のことばかり話されているんじゃ、とんだ迷惑だろうに。




「あ、いやそんな‥‥まあ、迷惑かけられていることはかけられていますが。」


一瞬否定はしたが、思い返してみると、確かに侑くんには迷惑をかけられているのは事実だ。




「フッ、名字さんは正直者なんやね。まあでも最近の侑、部活で調子ええんよ。名字さんに構ってもらえた日なんか絶好調やしな。」


顔をひきつらせた私を、治くんが笑う。




「‥‥はあ。」


「侑で困ったことあったら、なんでも言うてな。」


治くんが優しくそう言うと、階段を下りていった。




侑くんと違って、治くんの方は常識人なのかもしれない。

そう思いながら、また階段をのぼっていった。









翌日の放課後、駅のホームで電車が来るのを待っていた時のことだった。




「だーれだっ!」


「ひっ!」


突然後ろから両手で目隠しをされ、驚きのあまり変な声が出てしまった。




「誰やろ〜??」


誰かさんの能天気な声が聞こえてくる。


私にこんなことをする奴なんてアイツしかいないだろう。




「‥‥宮くんじゃなかったら嬉しいなあ。」


宮くんでないことを切実に、切実に願う。




「さっすが名前ちゃん、愛の力やな。びっくりした?」


当てられて嬉しそうな宮くんが、ひょこっと私の前に顔を出す。

宮くんと対照的に、私はげんなりとした。




「びっくりというより残念。というか目に当てる手の力が強過ぎて、ラ◯ュタのム◯カみたいに『目が、目がァ!』ってなったよね。」




「ははっ、ごめんな〜!名前ちゃん見かけた嬉しさで、つい力入ってもうたんやな。」


睨む私をよそに、他人事のように笑う。




「まあ私は全然いいけど、次他の女の子にするときは優しく手を当てるんだよ?」


「え〜名前ちゃんにしかせえへんし。
ほな、今度からは優しくソフトに触るわ。」




こいつが『優しくソフトに触る』なんて言うと如何わしく聞こえるなと思ったが、言うとまた面倒なことを言われそうだったので、言うのはやめた。




「‥‥てかなんでこんなところにいるの?」


仕切り直した私は、気になっていたことを宮くんに尋ねた。




「え〜?だって俺「おい侑、お前行くの早過ぎんねん。」




宮くんが答えようとしたのだが、後から現れた治くんによって遮られてしまった。




「あっ。」


昨日ぶりの治くんに、私はペコっと会釈をする。


治くんも私にペコっと会釈をし返す。


この状況を見ている宮くん、いや侑くんは、何故か顔が真っ青になっていた。




「なんやなんや!?治、名前ちゃんと知り合いなん?!いつ出会ったん?!」


「昨日か‥‥?」


侑くんに両肩を掴まれ、揺さぶられている治くんが、全く動じずに答える。




「‥‥なに勝手に名前ちゃんと逢い引きしとんねん!
名前ちゃんの魅力を分かるのは流石やわ!けどな治、名前ちゃんだけは絶対渡せんからな!
俺ら昔から『好きなもんは仲良く半分こ』ってルールやったけど、名前ちゃんだけはそのルール通用せんからな!」




「いい加減落ち着きなさい!」


ヒートアップする侑くんを止めようと、侑くんの頭に思いっきり手を伸ばし、強めに叩いた。




「‥‥あかん、名前ちゃんに頭触られた‥‥。名前ちゃんが触れたとこの髪の毛抜いて永久保存せな‥‥。」


私に叩かれた侑くんが急に静かになり、プルプルと震え始める。




「‥‥そんな抜いたら、円形脱毛症みたいになるんじゃない?」


「それは気持ち悪いな。」


眉を下げながら指摘した私に、治くんが笑いながら便乗した。






「あっ、電車来た。じゃ、後は若いお二人で。」


電車がやってくるのが見えた私は、二人に軽く挨拶をする。




「フッフ、俺らも名前ちゃんと同じ電車なんやで〜!嬉しいやろ?」


到着した電車に、私だけでなく宮兄弟も飛び乗ったのだ。




「え!?一緒だったの?!」


今まで見かけたことがなかった私は、てっきり向かい側の電車かと思っていた。




侑くんの話によると、宮兄弟と私は、自宅からの最寄り駅が同じということが判明した。


毎日朝ギリギリに登校し、放課後すぐに帰宅する私と、毎日朝練で朝早く登校し、部活で遅くに帰宅する宮兄弟は、今まで駅で遭遇することはなかった。


だが今日は部活がオフだったということで、たまたま私たちは駅で出くわしてしまったのだ。




いつもは電車に揺られながら一人でぼんやりと過ごしていたのだが、今日は宮兄弟、というより侑くんが側に居た所為で、凄く騒がしかった。




明日からは乗る車両を変えようかなと思いながら、茶化す侑くんに対抗したのであった。