佐久早家の息子から〈1〉




俺が物心ついた頃から母さんは、家族が家を出るときは玄関まで見送り、帰ってきたときは急いで玄関まで走って来て出迎えてくれる。

しかし父さんだけにはオプションが付いていて、家を出るときは『いってらっしゃい』のキスを頬にして、帰ってきたときには『おかえりなさい』と抱きついて頬にキスをするのだ。
けど嬉しそうな母さんとは対照的に、いつも父さんは嫌そうな顔をする。

俺の母さんはそこらへんの人より美人で実年齢より若く見えるし、いつも明るいから俺の友達やバレー部にも人気がある。
そんな母さんにされて、父さんは嬉しくないのだろうか。




そこであることを試したい俺は、朝玄関まで父さんを見送ろうとする母さんを呼び止めた。


「母さん、これ昨日もらったプリント。渡すの忘れてた。」

「ありがとう。今度から気をつけてね。」


「もう行くけどー。」


母さんに見送られないのが不満なのか、父さんの叫び声が玄関から聞こえてきた。


「あっ、待って待って!」


慌てて玄関に向かう母さんに次いで、俺も学校へ行こうと玄関に向かうと、やっぱり父さんは嫌そうな顔で母さんからのキスを受け止めていた。
あんな大声で呼び止めといて、構ってもらったら嫌そうな顔をする父さんに、思わず吹き出しそうになった。




ある日、学校から帰ってリビングのソファで横になっていると、ガチャっと鍵の開く音が玄関から聞こえてきた。
父さんが帰ってきたんだろうけど、母さんは包丁のトントンと切る音で気づいていない。


すると今度は大きな咳払いが玄関から聞こえてきた。
気づかない母さんに『帰ってきたから出迎えて』アピールをしているのだろう。


「あれ?お父さん帰ってきた?」


あまりにも大きな咳払いに母さんも気づいたようで、俺に尋ねた。


「みたいだね。」

「嘘!?」


母さんは慌てて包丁を置いて『おかえりなさーい』と言いながら玄関へと向かっていった。


玄関を覗くと、やっぱり嫌そうな顔をしながら母さんのキスを受け止める父さんがいた。




「待つぐらいなら、もうちょっと嬉しそうな顔すればいいのに。」

「‥‥うるさい。」


料理が並ぶテーブルに向かい合って座る父さんに言い遣ると、父さんが俺を睨んだ。


「‥‥あ、母さーん!
今日コーチがさ『お前の母さんほんと綺麗だよな』って褒めてたよ。」

「ハァ〜??誰だよそいつ?!」


台所に立つ母さんに聞こえるよう大声で伝えると、俺の前で座る父さんが不機嫌になった。


「え!?嘘!?やだ〜嬉しい!」


そんな父さんとは対照的に、母さんは嬉しそうに料理をテーブルに並べる。


「名前、お前もうコイツの練習観に行くな。」

「え〜何で?いいじゃない!」


指図する父さんに、母さんが不満そうに口を尖らせる。


「‥‥じゃあ俺も行く。」


来るのは構わないけど、誰彼構わず睨むのはやめてよね父さん。




(補足)奥さんにキスされて嫌そうな顔をするのは、息子に覗き見されているのが嫌だから。奥さんにキスされるのは寧ろ好きだし、二人きりになると佐久早から目茶苦茶キスするという裏設定。