「はい、これでもう大丈夫よ」
「うう…ひっく…あ、ありがと…美月お姉ちゃん…っ」
「いい子ね、ちゃんとお礼を言えて」
少年の頭を撫でながら柔らかい笑みを浮かべている女性。少年の瞳から零れ落ちた涙をそっと手ぬぐいで拭ってやっている。
「もう転ばないように気をつけてね」
「はーいっ!」
大きな返事を返し、少年はこの場を後にし駆けて行く。その様子を、少年の背中が見えなくなるまで手を振り、見守っていると、背後から人の気配が感じられた。
「よう、美月。一仕事終えたって感じだな、その様子だと」
「左之さん…!…はい、あの男の子が転んで膝を擦りむいてしまったので手当てをしてあげていたんです」
「んなもん、男なら唾付けとけば治るって」
「もう、左之さんは」
クスクス笑う美月の頭を左之はくしゃくしゃ、と撫でた。
「…お前、この後何か予定あんのか?」
「いえ、特にはないかと……あ、食材の買い出しにでも行っておこうかしら…確か源さんが困ってるみたいでしたし…」
「あー、それならさっき平助に頼んどいたぜ」
「左之さんってば、ほんと気が利きますね。きっと源さんも助かります。私も左之さんを見習わないと…」
「…ま、俺の場合はお前と過ごしたいがためにやってることなんだがな」
「…え?」
「いや、何でもねぇよ。そんじゃ、俺に付き合ってくれよ」
「はい、わかりました」
にこっと左之に優しく微笑む美月。そんな彼女の手を引いて、左之は町へと連れて行ったのだった。
「…ふふっ、やっぱり左之さんは人気者ですね」
「ん?いきなり何だよ」
「左之さんが通るたび、女性が振り返ってますよ?…女の人だったら誰だって左之さんのような美人さんに見惚れてしまいますから」
「…っお、お前なぁ…それを普通平然と本人に言うか?しかも自分の恋人に」
「…?…あれ、言ってはいけないことでした…?ごめんなさい…」
「や、謝る必要なんてねぇけどよ…何て言うか…その、照れるだろうが」
「あら、左之さんでも照れたりするんですね?意外です」
「俺だって人なんだからそりゃ照れもするさ」
「…ふふ、なら左之さんの貴重なところを見れて得した気分です」
クスクス笑いながら隣を歩く美月に、小さくため息を零す左之。…彼女こそ、自覚してほしいものだ。自分が、どれだけ男を魅了してしまうのかを。
「…たまにはこうして、二人で外に出て見るのもいいですね」
「…そうだな。悪ぃな、なかなか外に連れ出してやれなくてよ…」
「いいんですよ、左之さんはお勤めなさってるんですから。それに私も患者さんを診てあげたりして忙しい時もありますし」
「頑張るのはいいが、あまり無茶だけはしないでくれよ。いくら患者のためとは言え、美月まで倒れちまったら…」
「大丈夫です。私、こう見えて体力には自信がありますから」
力を拳を作る真似などをして、そんな細い腕のどこに力があると言うのだ。…こう言いながら、無理ばかりするものだから堪ったものではない。
「何かあったら、ちゃんと俺に言えよ?俺に出来ることぐらいは、してやるからよ」
「左之さんにはしてもらいっぱなしですね」
「んなこたねぇよ。美月は女何だし、黙って俺に甘えてりゃいいんだ」
「…左之さんには、傍にいてもらえるだけで元気になりますから」
…こう言ったことを、無意識で素直に告げるもんだから困ったもんだ。しかし、それと同時に嬉しさが込み上げてきて、そっと…先ほどよりも強く美月の手を握る。すると、彼女の方も握り返してくれた。