ごめん、なんて
自分が傷付くことだなんて、何も怖くないよ。それよりギンちゃんが悲しむことの方が嫌だから…
「…あーあ…また、上手く…いかなかったな…」
パンパンとお尻に付いた汚れを払いながら琥珀はゆっくりと立ち上がる。
ギンに頼まれ、他の隊舎へ書類を届けに回った帰りに、見知らぬ女の死神数人に囲まれ、散々に痛めつけられたしまった。死神になってからも霊術院に在籍していたときのように、このような目に遭うことがあった。…おかげで体のあちこちが悲鳴を上げているようだ。
「…どうしよう…かな…」
このまま戻ったら、ギンがこの怪我はなんだ、なにがあったのかと聞いてくることは必定。…それだけは何とか避けたかった。
「……体の傷も……自分で、治せたらいいのに、なー…」
顔に付いた傷は軽く治癒術をかけて治した。が、体の傷まではどうも上手くできない。出来るのなら四番隊の世話にならずに一人で治療して事を片付けられるのに。……とりあえず乱菊のところへ…と思った矢先、その考えを振り払った。先程の女性死神達に言われた言葉を思い出した。
『アンタみたいなお子様…市丸隊長は何とも思っていないわよ』
『そうそう。いい?目障りなのよ。大体、市丸隊長には松本隊長がいらっしゃるんだから、二人の邪魔してるの。…なんでこんな簡単なことがわからないのよ?』
『五席だなんて…市丸隊長の七光りでなったに過ぎないくせに…』
「……邪魔、かぁ…」
そんなこと、他人に言われるよりもとっくの昔に気付いていた。だって二人は自分と知り合うよりもずっと前から一緒にいたんだもの。その中に一人入り込んだら…誰だってわかる。
「……ふぇ…っ」
けど、ギンちゃんが優しいから。自分の居場所を与えてくれたから…その優しさに甘えたかったんだ。乱ちゃんが笑ってくれるから。自分に笑いかけてくれたから…それに応えたかったんだ。
「……う…うっ……」
だって、今二人から離れたら……居場所がどこにもなくなっちゃうんだ。何もなくなっちゃうんだ。…それが、怖いんだ。
耐え切れず溢れて来た涙を拭いながら、琥珀は必死にこれ以上泣かぬようにと歯を食いしばる。そして覚束ない足元で三番隊へと戻ったのだった。
「遅かったなぁ、琥珀」
「!…あ、ギンちゃん……」
三番隊の隊舎へ戻るとギンが待ち構えていた。
「今の今まで何しとったん?そない大変な仕事を与えとらんのに」
「………ごめんなさい」
ギンが怒っていることを察すると琥珀は謝罪の言葉を口にする。ギンが怒るのは無理もない、仕事を頼んだのは昼過ぎだったのに…今はもう夕方だ。
「僕は別にごめんなさいが聞きたいわけやない、なんで遅くなったかが聞きたいんや」
「……………」
…言えなかった。だから黙り込むしかなかった。しかしそれがまた、ギンの怒りを煽った。
「もうええわ」
「…あ、ギンちゃ…っ」
「もう、琥珀のことなんか知らん」
「…!…あ…ごめ、ごめんなさい…っギンちゃん…」
じわっと目元が熱くなる。ボロボロと瞳から涙が零れ落ちる。しかし、そんな琥珀のことなど一目も見ずに、ギンは隊長室から出て行ってしまった。
「……ごめん、なさい…っギンちゃん……」
ぎゅう…と拳を握りながら、ギンが立ち去った方へ視線を向けながら…琥珀は小さな声で謝罪の言葉を呟いた。
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