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言葉のない不安


平等は、時に残酷で。

誰にもある、
誰も知らない限られた時間。

だからこそ、
時は儚くも愛おしい。

私たちは、それが少し短いだけ。

「っ?!っ、紅涙ーっ!!!」

それが何度もあるだけ。

だからこそ、
私たちは何度も惹かれ合うのかもしれない。

たとえ、
何度悲しく、

何度離れても。

また同じ時を刻むために。
また同じ悲しみを背負うために。


輪廻


「土方さん、今日は何食べます?」
「何食べるって、ンなの決まってんだろ。」

日が傾いて、
街には仕事帰りの人が行き交う時間。

それは私たちが見回りを切り上げる時間でもある。

「またマヨ丼ですかぁ〜?飽きましたよー。」
「"飽きましたよ"って、テメェは一度だって喰ったことねェだろォが。」
「見るのが飽きました。」
「うっせーよ。」

週に数回ある土方さんとの市中見回り。
見回りが終わるこの時間は丁度ご飯時だから、
私たちはいつも帰りに外食をして帰るのがお決まりだった。

「親父ー、いつもの頼む。」
「へい!紅涙ちゃんはどうしますかい?」
「私は定食にしよっかなー、」

どこか特別な場所へ食べに行くわけでもなく、
決まって土方さんお気に入りのお店に行く。

メニューを見て悩んでみるけど、
もうこの店のメニューは全て食べてしまった。

土方さんと付き合い始める前から、
上司と部下の関係でも食べに来ていたお店。

「親父、マヨカツ丼2つで。」
「えっ?!ちょ、土方さん?!私は定食を悩んでるんで別に」
「今日はカツにしてやったから食え。」
「別に頼んでナイんですけど!」
「ははは、相変わらず仲良いねー!」

カウンターで騒げば、「熱いねー!」と親父さんが笑った。
お水を運んでくれたおばちゃんがくすりと笑って、

「土方さんは紅涙ちゃんが来てから活き活きしてるんじゃないかい?」

そう言って、「ここ1年ぐらい」と言った。
「違いねェ!」と笑う親父さんの言葉に、土方さんは「変わんねェよ」と吐き捨てて水を飲んだ。

「女隊士さんもすっかり板についちまって。」
"見てて頼もしい限りだねぇ"

おばちゃんが頬に右手を当てながら「初めの頃は心配してたんだよ」と言った。

「取り越し苦労でよかったじゃなねェか、まさか付き合うとは思ってなかったですがねー。」
"な、旦那"

親父さんが含み笑いをしながら土方さんを横目に見た。
土方さんは胸ポケットから煙草を取り出して、「煩ェよ」と言って火を点けた。

「そこんとこ詳しく教えておくれよ、紅涙ちゃん。」
「え〜、実は〜土方さんから〜告白されて〜」
「ウゼェ!お前の話し方ウゼェ!!」

土方さんが隣から私の頬を抓んで、顔を引き攣らせて笑った。

「そもそも俺から告白なんてしてねェだろォが!!」
「あらあら、そうすれば紅涙ちゃんからかい?」
「違います!私から出来るわけないじゃないですか!」

おばちゃんが「あら、どういうことかしら」と、また頬に手を当てた。

そう言えば、そうだ。

私、土方さんから告白されてない…。
私は好きだったけど、告白なんて叶わないことしてないし…。

「あれ…?私たちってどうやって今に至るんでしょうか…。」
「俺も覚えてねェ。」
「…あれれ…?」

何だか不安になってきた。
私たち二人とも切欠を覚えてないなんて変。

そもそも、

「…私たち…、付き合ってるんですかね…?」

顔を引き攣らせて笑えば、土方さんは黙って私を見る。
怒気も、呆れも、何も読み取れない視線。
その目に「ね?」と困ったように笑えば、土方さんは煙草を一吸いして、

「さァな。」

短くそう言った。
私はその返事に、

「…、」

口は開いたけど、何も返せなくて。
開けた口を閉めて、自嘲するように笑った。

私たち、本当に…?


手を繋いだことも、
抱き締められたことも、
キスしたことも。

全部が。
分からなくなって。

胸が痛くて仕方ない。

「まァまァ、これといった切欠なんて関係ないってもんだ。」
「そうね、今これだけ仲が良いんだから昔のことなんて必要ないわね!」

気まずそうに親父さんとおばちゃんが笑い合って、ことりとマヨカツ丼が私と土方さんの前に置かれた。

「さァさァ、冷めねェうちに食ってくださせぇよ。」

親父さんが言って、土方さんは黙って箸を割った。
私の前には、親父さんの気の遣いで少な目のマヨネーズがのったカツ丼。
湯気でマヨネーズの酸味の匂いがした。

目に染みる。

「ほら、早く食えよ。」

土方さんが私に箸を渡して、

「…。」

私が土方さんの箸を受け取らずに見て。
そんな私に土方さんが小さく溜め息をついて、

「ガキ。」

鼻で笑って頭をポンと叩いた。
私の方に箸を置き、
「食わねェと冷めんぞ」と言って、土方さんはマヨカツ丼をかきこんだ。

たったそれだけのことだったのに、
何だか「心配することじゃねェ」って言われているみたいで。

そんなことを考えながら土方さんの横顔を黙って見ていると、

「見てんじゃねェよ。」

横目に言われた。


今までは言葉が少なくても、
彼のことを分かってきたつもりで。

私も彼と分かり合えているつもりだったのに。

こんなに不安に駆られたのは、この時が始まりだった。


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