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鎖のない鎖


それから3日後。
その日も私と土方さんは市中見回り。

「ンだよ、今日は平日だってのに人が多くねェか?」

ガタンと音を立てて自動販売機から煙草が出てくる。
土方さんはそれを手に取り、すぐに開けた。

「土方さん、最近いつもに増して煙草の量が多くないですか?」
「あァ?ンなことねェよ。」

私をチラリと見て、買ったばかりの煙草を一本咥える。
火を点ければ、外の雑踏が嘘のように煙が静かに伸びた。

「まさかストレス?」
「"まさか"って何だよ、俺はストレスの塊だっつーの。」

ふぅぅと吐く姿は、羨ましくなるほど美味しそうで。
土方さんは「それに」と煙を薄く吐きながら言葉を続けた。

「ちっせェことをいつまでも引きずってるヤツが隣に居れば、煙草の量だって増えるってもんだろ。」
「…何でですか?」
「そいつが何考えてるのか分かんねェから。」

確かにあの日から、
私は。

私たちの関係に疑問を覚えてから、
何かにつけ考え込んでしまうことが多くなった。

自信なんて、もともとなかったけど、
土方さんは私のことを本当に好いてくれてのかなって。

「…誰ですか、それ。」
「さァな〜。」

もし私がいなくなったら、
土方さんは悲しんでくれるのかな。

「…。」

他の人たちみたいじゃなく、
私のために泣いてくれるのかな…。

「ほれ見ろ、また湿気た顔しやがって。」

土方さんの口から煙草が離れて、ハッと吐き捨てるように笑った。

「…、」
「何なんだよ、お前は。」

土方さんの片手に持たれた煙草が、何に縛られることもなく、ゆらゆらと煙を昇らせる。

土方さんはこんな人だから。
私を束縛することなんてなくて。

今までだって、
私が誰と何をしてても、
土方さんは知りたがらなかった。

つまりは、興味がないってことで。

「土方さん…、」
「あァ?」
「…私…、私のこと…、」

"本当に好きですか?"

なんて。
聞けるわけもなくて。

土方さんが私を見下ろして。
私はまたいつものように口を閉じる。

いい。
聞かなくて、いいや。

少なからず、
私たちは今、関係があるのだから。

「すみません…、仕事中なの忘れてました。」

へへっと笑えば、土方さんは眉間に皺を寄せた。
「土方さん?」と顔を伺えば、私から顔を逸らすように目を伏せて「チッ」と舌打ちをした。

また機嫌悪くしちゃったかな。

「さ、土方さん。巡回しましょう?」

私はまるで何もなかったように笑い、土方さんの隣から足を進めた。

だけど。

「っ、」

歩き出した私を止めるように、左腕が掴まれて。

「土方さん?」

土方さんは相変わらず険しい顔で。

「っ!ちょ、あのっ、土方さん?!」

土方さんは黙って私の腕を引いた。
そのまま建物と建物の隙間にある細い暗がりに引っ張られて。

「っ、どうしたんですか?」

腕を離してくれた時も、土方さんはどこか機嫌が悪かった。
機嫌が悪い原因は私しかないけど。

「私っ、何かしました?」
「あァ、した。」
「え、あ。何でしょうか…。」

私のせいだとは分かっていても、それだけ即答されると思ってなくて。

苦笑しながら"すみません"と言えば、私の耳の横でドンッと音が鳴った。
そろりと右側を見れば、そこには土方さんの拳が打たれている。

「あ、あの…、」
「…喜ばせる言葉なんか持ち合わせてねェ。」
「…?」

土方さんの眉間にはまだ皺が寄っている。

細い空間。
昼なのに薄暗い場所。
必然的に近くなる距離。

「お前が何を感じて、何を思ってやがるのかなんて知ったこっちゃねェ。」
「っ…、」

土方さんの話の意図は分からなかったけど、
ズキリズキリと胸に響いた。

「俺はお前を繋ぎとめておきたいとも思わねェ。」

私、フラれるのかなって。

頭の中で他人事みたいな言葉が過ぎった。

「だがよ、」

ジャリッと言う音がして、
土方さんは息が掛かりそうなほど近付いた。


「隣で、ンな顔ばっかさせてる気なんてさらさらねェよ。」


その言葉とともに、
土方さんは口角を厭味に上げて微笑み、

「っん、っ、」

齧り付くように、唇を重ねた。

「っ…は、ぁっ、…土方、さ…っ」
"…仕事、中っ…、"

唇の端で息をしながら声にすれば、
土方さんは熱い息を残して離れた。

雑に口を袖で拭いて、


「お前、俺のこと好きなんじゃねェのかよ。」


シレッとした顔で言った。
私はその言葉に目を丸くした。

自分で言うなんて。

「違ェのかよ。」
"あァ?"

グッと私の顎を掴んだ。

なっ何?このドSっぷり。
いつもに増して、今日は特段スゴイ。

私は唇を突き出すような顔になりながらも「す、好きれす」と言った。

土方さんはその言葉に鼻で笑って、

「なら、ンな顔すんな。」

パッと手を放された。
土方さんは「行くぞ」と後ろ手に言って一人で歩いて行ってしまった。

私はポカンとそこに立ち、

さっきまで何を悩んでいたのか、
何を思い込んでいたのか、

そして何があったのかなんて。

「っ、ま、待ってください!私も行きます!!」

少しジンジンする頬のせいで、
不思議なぐらい全部忘れていた。


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